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Under the Rose

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03.鷹と蛇/その1(1/4)



歩いては止まり、辺りを見渡す。
異常がないことを確認し、また歩く。入れる道には片っ端から足を踏み入れ、また立ち止まる。
同じ道を通るのが三度目になったところで、桂は足を止めた。

「月が出たわね」
「え? ああ、うん」
桂の突然の言葉に、数歩先を歩いていた沙耶が振り向く。そしてまた辺りを見渡し、異変がないことを確認する。
その後で、桂に従うようにして空を見上げた。
雲に覆われていた三日月が、ちょうど雲の切れ間にさしかかりぼんやりとした光を降らせていた。
「……」
「桂ちゃん?」
「静かに」
人差し指を立て、『喋るな』というサイン。
警戒するように辺りをきょろきょろと見渡しながら、桂は下ろしたままの左手を二度三度振った。
さりげない、よそ見をしていれば見落として当たり前の行動だったが、それは二人の間にだけ通用する合図のようなもので、構えろ、という意味のものだった。
状況を理解できたわけではないが、桂の真剣な表情からある程度を察し、沙耶は手に持っている傘を持ち直した。
かちりと音がして、それは持ち手の部分とそれ以外に分かれる。仕込み傘の刃を抜くか抜かないかのところで、沙耶は自分の表情を真剣なものに切り替えた。

「(あと少しなのに、見えない)」
視覚をいくら凝らしても、気配の持ち主は姿を現さない。
付近にいるのは確かだというのに、はっきりとした場所が特定できない。
一帯に漂う気配――その中にはさまざまな感情や色が入り混じっており、それが桂の思考をわずかに狂わせていた。
まるで妙な力が働き、磁場が乱れているかのようだった。
姿の見えない何者かの違和感だけが入り込んでくる。その場にいるだけで、頭が痛い。
「(――そうだ、相手の力がこの場に満ちているのなら)」
沙耶が辺りを警戒していることを確認し、両目を閉じる。
すぐそばに自分の片割れがいる以上は、完全に無防備ではない。
これだけ強い力がただよっているのであれば、それを逆に利用すればいいのだ。
自らの判断を狂わせるように相手の気配が流れ込んでくる。ならば、その糸を掴んで離さなければいいだけのこと。
そして、糸を逆にこちらから引っ張ってやればいいのだ。
閉ざされた視界の中で、桂はその蜘蛛の糸を探し始めた。
思考にノイズが走る。

『――わたし、を』

暗闇。そしてそれに溶けるような漆黒の服を身にまとい、しゃがみこむ人影。
目を閉じて映ったのは、先日見た光景と同じものだった。
あの時見た記憶は、探し人である吸血鬼のものだったのだ。
少しずつ。
少しずつではあるが、糸の形がはっきりと浮かび上がっていく。

「……」
静かに目を開く。蜘蛛の糸をとらえた以上は、いつまでもその記憶の中を泳いでいる必要はない。
視線はまっすぐに前を見据えたままで、桂はコートの中に忍ばせておいたナイフの居場所を手で確認した。
そして、ゆっくりと沈黙を破る。
「一人で……こんなところを出歩く時間じゃないわね」
それが自分に向けられた言葉でないことはわかっていたため、沙耶は淡々と言葉をつむぐ桂に言葉を返さなかった。
再び訪れる静寂。
冷たく吹いていた風は、月が姿を現すと同時にどこかへ消えうせていた。
二人の斜め後ろ。
少し離れた位置、その暗がりから――こつん、と響く音。
それは、靴音だった。二人のものではない、別の誰かの。
規則正しく続くその音とともに、ゆっくりと、けれども確実に二人へと近づいていく。

「……気付いてたの?」


作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴