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出された手紙

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 顛末



「誰からの手紙?」

 不意に近くから聞こえてきた声に、リビングの椅子に座っていたわたしの身体が滑稽なほどにビクリと反応する。
 顔を上げると、スーツ姿の夫が鞄を手にしたままの恰好で見下ろしていた。
 わたしは無理に口角を上げて「おかえりなさい」と言いながら手紙を素早く折り畳み、エプロンのポケットの中に仕舞う。
「どうした? 実家からか?」
「違うわ。別に大した内容じゃないの」
 わたしが(これ以上話す気はない)という意思をやんわりと言葉に乗せると、夫は「ふぅん」と少し不機嫌な返事をしたきり追及してこなかった。
 手紙の内容を見られただろうか? 努めておもむろに立ち上がりながらその背中を盗み見たけど変わった様子はない。もし、この手紙を夫が読んだらどうするだろう? わたしを殺そうと思うのだろうか。
「明日から三日間出張だから」
 下着姿になった夫が風呂場に向かいながら告げ、台所に立ったわたしが「分かりました」と蛇口を見つめたまま返答する。
「今日は満月だったな」
 独り言のような呟き。
 だから何だと言うのか。
 適当な返事を見つけられないうちに、脱衣所の扉が閉まった。

 夫が浴室に入ったことを確認すると、もう一度手紙を広げて最初から文字を追っていく。
 狂ってる。この女は間違いなく狂っている。この手紙を彼が読んでも、きっとそう思うだろう。その想いが絶望的な狂気へと至ったのだと感じるだろう。
 わたしはその時の情景を思い浮かべながら、手紙を封筒へ入れて机の上に置いた。

 クローゼットを開けて隅に押し込まれたゴルフバッグを引っ張り出す。
 グズグズしている暇はない。夫の入浴はカラスの行水だし、わたしは夕食の準備なんて何もしていないのだから。
 迷っている時間などない。
 一本のクラブを手にした私が脱衣所の扉の前に立つと、すでに中からドライヤーの音が聞こえている。
 ゆっくりと殺意を振り上げ、深呼吸をして少し驚く。
 とっく昔に枯れ果てていた筈だったのに、不意に溢れ出た感情によって世界が形を失っていた。

作品名:出された手紙 作家名:大橋零人