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虚構世界のデリンジャー現象

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木虎と横森で暗い話




泣きたい、と横森が呟く。
人気のない委員会室はしんと静まり返っていて、空調とPCのファンの回る音しか聞こえない。委員会室の扉は内側から鍵が掛けられて、密室だった。その密室を作りだした張本人である横森は、スカートの裾がまくれるのもアイロンの利いたシャツが皺になるのも構わずに、委員会室の簡易ベッドに身を投げ出し、両手で顔を覆っていた。
木虎はそんな横森のすぐ側で無言で立ち尽くしている。
途方に暮れているわけではなかったが、純粋に時間を持て余していた。そして、なんで自分がここにいるのだろうと純粋に疑問に思っていた。
「ねぇ、木虎ちゃん。泣きたいのに泣けないの」
「……」
「泣きたいときには泣けないの。笑いたいときには笑えるのに、不思議ね」
横森の言うとおり、横森の声は泣いているのに、両手の隙間から除いた口元は確かに笑みの形を模っていた。顔を覆っている両手を強引に剥いだら、きっとその目元は涙で滲んでいるのだろうけれど。
マスカラが落ちたら悲惨なことになるな、と木虎は手元のスマートフォンを弄りつつ、そんなどうでもいい事を考えていた。
「ねぇ、木虎ちゃん。泣きたいのに、泣けないの」
「うん、それは聞いたよ」
「泣きたいのに、泣けないの」
泣きたい泣きたいと横森は壊れたレコードみたいに繰り返す。
実際、今の横森はちょっと壊れているのかもしれない。情緒不安定、と一言で表すにはここ最近の横森の様子はおかしかった。それを周囲が気づいていないのも(もしかしたら、気付いていて放っておいたのかもしれないけれど)、木虎には不思議だった。
「嗚呼、泣きたいわ」
横森は木虎に時々弱った姿を見せたけれど、木虎には横森の面倒をみる義務はぜんぜんこれっぽっちもなかったし、横森も木虎にどうして欲しいとねだったことはなかった。だから、今こうやって横森が目の前で泣きたい泣きたいと繰り返していても、木虎は横森をどうこうしようとは思わない。
優しくて誠実な、横森を気遣う言葉を投げかけて、泣きたいと零す横森を慰めることすらしない。
こういう時、木虎は自分が存外冷たい人間なのだと思い知らされる。人間関係に対してドライなのか、それとも、単純に自分がどこか欠損しているのか、木虎にはわからない。
「ねぇ、木虎ちゃん。なんでここにいるの?」
「んー、死なれたら厄介だから?」
木虎は首を傾げて8割くらい本音の言葉を放ると、横森はおかしそうに喉を震わせた。横森の爪先から、脱げかけだったパンプスが床に落ちる。かつん、と乾いた音。
「死なないわ、死ねないもの。泣きたいけれど、死にたくないもの。知っているでしょう、私は強いのよ、見掛けよりずっとずっと、だから、泣けないの」
「うん」
目の前に横たわる人物が横森ではなくて千代子だったら、自分はどうしただろうと木虎は考える。自分が唯一、心を動かす異性へ目の前の存在を置き換えてみた。けれど、それは暇つぶしにもならなかった。
不思議なくらいに横森と千代子はかぶらない。なにもかも。
横森がガラスで出来ているのなら、千代子はきっとステンレスで出来ているのだろうと木虎は思った。落としても投げても、へしゃげても、千代子はきっと千代子のままで、重度の衝撃を与えて歪ませてもきっと千代子のままだ。恐ろしいほどに芯が強い。
だから、木虎は千代子の弱って泣いている姿を想像が出来ないでいる。
自分はどうだろう、と考えて、それはすぐにやめた。
自分の本質は横森に近い。ステンレスにもプラスチックにもなれないガラスだ。しかも、横森はガラスはガラスでも耐熱ガラスなのに対して、木虎は正真正銘のただのガラスだ。お湯を注いだら、きっと割れる。横森には耐えられる加熱にも、木虎は耐えられない。
「ねぇ、木虎ちゃん。試しに首を絞めてみてくれないかしら?」
「なんでさ」
「苦しくて、泣けるかもしれないわ」
「やだよ、腕が疲れる」
「冷たいのね」
「知らなかったの?」
知らなかったわ、と驚いたふりをする横森を尻目に木虎はスマートフォンの画面に指を滑らせると、会議机の上に投げ出されていた委員会室のスペアキーを手に取った。
ちゃり、と軽い金属音を拾った横森が木虎の方を向く。
両手両腕の檻から解放された横森のその顔は、親に置いていかれる間際の子どものような表情をしていた。どこにいくの?そう瞳が問うている。
「ことらちゃん?」
「俺には荷が重すぎるから、バトンタッチ」
「ことらちゃん?」
「泣きつく相手は選びなね。ほんと、俺は自分でもびっくりするくらい優しくないんだ」

内側から掛けていた鍵を外して、がらりと扉くとその向こう側には予定通りの人物が立っていた。待ちわびたその来訪者に、木虎は委員会室の鍵だけ渡すとその人物の横をすり抜ける。
「すまなかったな」
「なんでお前が謝るわけ?」
すまなそうな顔をする武尊に笑いかけて、木虎はひらりとケープコートの裾を翻して廊下に躍り出ると、深く息を吸い込んだ。廊下の空気は開け放たれた窓のおかげで、とても新鮮だった。自分の感情を横森に持っていかれずにすんだことを、心のうちだけで木虎は安堵する。木虎はガラスだから、あれ以上の加熱には耐えられない。
「今度何か甘いもんでも奢ってって横森に伝えといて」
「わかった」
「じゃ、健闘を祈る」

ぱたり、と閉じられた委員会室の扉の向こうでこのご何が起こるのか、木虎も気にならなかったわけではなかったが、なるようにしかならないか、と結論付けて一人廊下を歩きだした。
歩きだしてしまえば、木虎には置いてきた二人のことよりも冷蔵庫のストックと千代子の帰宅時間と、千代子に食べさせる今晩の夕食のメニューの方が木虎にはずっと気にかかることだった。

 *

麹さんが「武尊=敏樹」と発言していたので。
武尊くんに関しては麹さんの(http://www.alfoo.org/diary26/citr_hero/)方でどうぞ。
ちなみに、木虎と武尊くんの接点はあるようであんまりない。武尊くんのメアドは勝手に横森の携帯漁ってアドレス帳見たとかそんな。

初出:2011/04/27 (Wed)