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虚構世界のデリンジャー現象

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木虎と葛西と煙草の話




「あれ? 珍しい人がいる!」

普段なら絶対にありえない場所で木虎を見つけた葛西は、驚きの声をあげた。葛西が木虎を見付けたのは、葛西の出没スポットでもある文学部の校舎付近で唯一の喫煙スペースでのことだった。
しかも、木虎の口にはしっかりと煙草が咥えられている。
喫煙所なのだから、そこにいる人間が煙草を吸っていたって何の不思議もないのだけれど、普段の木虎は煙草を吸わないし、副流煙も嫌うから自ら喫煙所に近付くような真似もしない。なのに、今は木虎はやる気無さげに煙草をくわえて喫煙所の古いベンチに身体を投げ出している。
木虎と煙草という本来ならありえない組み合わせにに驚いて葛西はマスカラでバッチリとあげられた睫毛をぱちぱちと忙しなく瞬かせた。
「なんか嫌なことでもあったの?」
「んー」
木虎が素面で煙草を吸うのは大抵機嫌の悪いときだ。
本人曰く、苛々してどうしようもないときに無性に吸いたくなるのだと葛西は前に木虎本人の口から聞いたことがある。その時は、甘いカクテルばかりを飲んだ後で、口の中が甘ったるくてどうしようもなくて、それを中和するために木虎は煙草を吸っていた。
ベンチに身を投げ出して座る木虎の表情はお世辞にも機嫌がよさそうとはいえなかった。なんとなく、纏う空気もピリピリしているし、葛西への返事もおざなりだ。
それでも葛西が木虎に隣に座っていいかと訊ねると、小さく頷いて置いていた鞄を地面に下ろした。
ありがとうと簡潔に礼を述べて葛西は木虎の隣に腰掛ける。古いベンチが葛西の重みにぎしりと軋んだ音をたてた。
木虎は無言だ。
無言で煙草をくわえたままどこか遠くを眺めている。虚空を睨みつけるその横顔は、少しやつれてシャープな輪郭を描いていた。
そういえば、専攻学科が違ってしまってからはそんなに頻繁に会うことはなくなったから、こうやって隣に座るのも数週間ぶりだと葛西は気付く。
「けーちゃんが煙草とかめずらしいね」
「吸いたくなったからな」
「コンビニでわざわざ買ってきたの?」
サマンサのシガレットケースから煙草を抜きだして咥えながらながら葛西は首を傾げた。
出会いがしらに「何かあったの?」と問いかけたのに、木虎は答えなかったから、世間話以外に話すようなこともなかったので、葛西はとりあえず場の繋ぎにふと気になった木虎の煙草の入手先を尋ねてみた。
木虎はごく稀に煙草を吸ったけれど、日常的に吸うというわけではない。月に一箱も消費しないんだからそれは喫煙者とは言えないだろう、というのが木虎の言で、そんな喫煙者なのだか非喫煙者なのだかよくわからない人間なのでもちろんタスポなんて所持しているはずもない。
ならば、このあたりでタスポなしに煙草を入手出来る先はコンビニくらいなもので、煙草の置いてあるコンビニは大学から少し離れたところにある。
わざわざ学外まで買いに出たのだろうかと葛西が首を傾げていると、どうでもよさそうに木虎が答えた。
「昨日買ったんだ」
「へぇ。けーちゃん何吸うんだっけ?」
「赤マル」
握っていた赤マルのパッケージを振って木虎が答える。
赤のマールボロ、タール12mg、ニコチン1mg。普段煙草を吸わない癖に、似合わないくらい重たいのを吸っている。葛西は喫煙量はそこそこだけれど、メンソール系のタールも軽いやつばかりだ。
「似合わないね」
「葛西はイメージ通りだよな」
しみじみと似合わないねと呟く葛西に、木虎は今日顔を合わせてから初めて表情に笑みを見せると葛西のシガレットケースを指差して、おかしそうに「パッケージが明らかに女好みの軽いやつ」と笑った。
その笑い方がいつも通りで、葛西はほっと息を吐く。
「いいじゃない、可愛い方がいいんだもん」
「いいけどさ。吸った気しなくない?」
「んー、別に? あんまり重いのもね」
サマンサのシガレットケースは葛西の好きなピンク色で、葛西の吸う銘柄のパッケージも明らかに女性向けを意識して作られた可愛らしいものだ。
木虎は常々、煙草に可愛らしさを求めるなよ、と呆れているけれど、葛西は可愛いからという理由だけでそれらを愛飲している。
「けーちゃん、火ちょうだい」
「自分のライターは?」
「オイル切れかけで火のつきが悪いんだよね」
オイルの残りが少ないのは本当だったけれど、木虎がどんな反応を示すのか気になって、葛西は小さな嘘を吐いてみた。嘘を吐いて火をねだる。
木虎はあからさまにめんどくさそうな表情をしたけれど、律義にポケットを探ると100円ライターを取り出して葛西に放って寄こした。
「シガーキスでもよかったのに。それか、ホストみたいに点けてくれても」
「やだよ」
「けーちゃん冷たい」
「冷たくていいよ」
「?」
「冷たいって、つい最近詰られたとこ」
「はぁ?」
「んー、まぁいろいろありまして、冷たい人ですね、と後輩に詰られて軽蔑された?のがつい先日の話?」
疑問系で喋りながら木虎が自嘲気味に笑う。
その指先にはもう何本目になるのかわからない煙草が握られていて、葛西からライターが戻るのを待っている。
その後輩とやらが誰なのか、葛西には皆目検討つかなかったが、木虎の吐き出す言葉と表情で、その後輩の言葉が木虎を傷付けたことだけはわかった。
木虎は苛ついているのではない、これは傷付いて揺らいでいるのだ。この喫煙はきっと自傷の代替行為だ。
「けーちゃん」
「んー」
「他人の評価なんて気にするだけ無駄だよ。だって、その子はけーちゃんのこと知らないんでしょう」
木虎にライターを返し、葛西も煙草の煙を吸い込む。
隣からかちりとライターの火の付く音がして、それからすぐに嗅ぎ慣れない煙草の臭いがした。木虎の答える声もくぐもる。
「んー、まぁね」
「なら気にしない」
「んー」
投げやりな木虎の返事に溜まりかねて、葛西は吸っていた煙草の火をもみ消して立ち上がると、ぱしんと木虎の両頬を両手で挟み込んだ。いきなりの葛西の行動に木虎は目を白黒させる。
「じゃあ、その子の言葉はただの雑音。気にする必要なし!」
正面から顔を覗き込んでくる葛西のその距離の近さに、木虎が慌てて身を引くのも無視して、がっちりと木虎の頭を固定すると葛西は無理矢理木虎と視線をあわせて木虎を睨みつけた。
「ちょ、葛西!距離が近い!」
「けーちゃんは気にしすぎなの!」
「葛西、離して。お願いだから」
「どうでもいい他人の言葉は気にしない。わかった?」
わかったから離して!と悲鳴を上げる木虎に満足気に肯くと、葛西は、ぱっとその両手を離した。木虎が慌てて葛西から距離をとる。
警戒心の強い小動物みたいなその仕草に笑って、葛西はもう一本煙草を取り出すと今度は自分のライターで火を付けた。
「ライター、使えるんじゃん」
「傷付くのも凹むのもけーちゃんの自由だけどさ」
「……俺の話聞けよ」
「煙草は身体によくないよ?」

人の話を聞かないうえに、ヘビースモーカーのお前が言うかと呆れて笑った木虎の額を軽く弾くと、葛西は「愛煙者は煙草が好きで吸ってんの」ときゃらきゃらと笑った。

 *

木虎と葛西で煙草の話。
木虎が葛西を慰める話より、木虎が葛西に慰められる話の方が先になった。
煙草の銘柄は、
木虎:マールボロ(赤/notボックス)