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「ライフルが玉詰まり（ジャム）を起こしたのですが、ご指導をしてもらっても宜しいでしょうか」
「ナズナ・Z（ジニア）・スイ―トピ―五期生。その前、座学で教えたはずだが」
　サイガは死んだ魚のような目で、ナズナと呼んだ少女を下から仰ぎみる。普通なら、この目線の一刺しで萎縮してしまいそうなものだ。だが、ナズナはものともしない。
「はっ、申し訳ありません。もう一度ご指導をお願い致します」
　そう言われては、サイガも立場上、断るわけにはいかなかった。体面としては公明正大な教官を演じなければいけないからだ。このガ―デン８０８に隠された事実を明るみに出さないよう、巧みに偽装(カバ―)するために。
「分かった。向こうの整備ブ―スで説明しよう、きたまえ」
　サイガはミミリの身体から手を離して立ち上がると、ナズナを後ろに連れ立って射撃訓練ブ―スの横合いにある整備ブ―スへと向かって行った。
　二人の後ろ姿を、ミミリは立膝をついたまま見つめていたが、ナズナと呼ばれた少女がこちらに振り返り、茶目っ気のあるウィンクをして見せた。そして、唇を動かし。
(大丈夫？)
彼女の口元がそう言葉を象っていた。
　ミミリは、慌てた様子で『あ』と口を開き、
（あ、ありがとうございます）
ぺこりと会釈を返し、ナズナの勇気ある行いに感謝を示した。

　　　　　　　◆

「となり、いいかな？」
その日の晩、食堂でミミリに話しかけてきたのは、昼間、サイガの悪戯から自分を助けてくれたあの少女だった。
「あ、どうぞ。あの時はありがとうございました。え―と…たしかナズナ…さん、でしたよね？」
　右に分けて揃えた前髪をさっと掻き撫でて、ナズナは隣の席に腰掛ける。そうしてから、ミミリの顔を見て、ニコリと笑った。
「そう。五期生のナズナ・Z・スイ―トピ―よ。よろしく。え―と…」
「あっ、すいません。はじめまして、ミミリ・N・フリ―ジアです。四期生待遇で先週ここに来ました」
　自己紹介をして、二人は互いに握手を交わした。
　話を聞く所によると、ナズナも自分と同じく両親を亡くして一年前にここにやって来たという。
「スゴイですよね、ナズナさん。あんな勇気のあること出来て。私、あの時、怖くて何も言えませんでした」
「そんな、たいした事じゃないわよ。教官たちにも立場と役回りって物があるしね。本局にバレるのが怖くて、隠れてコソコソとしか悪事を働けない小心者ばかりなのよ。
連中をあしらうコツは、仕事を催促させて義務感を煽り立てることよ」
　ナズナは人差し指を立てて、いたずらっぽい仕草をして見せた。彼女の言うことは正論だが、的を得ている。
「あぁ、確かに最もですね。教官たちも公務員ですし。お仕事なら断る訳にもいきませんからね。わぁ―、なるほど。ナズナさん、賢いですね―」
　そうは言っても、だ。いざという時、自分にそれが言えるかどうかは別問題だが。
　それが顔に出ていたのか、ナズナが顔をしかめた。
「あ。『自分には出来ない』。とか思ったでしょう？」
「えっ！？あ、そ…そのぅ。…はい」
「だめよそんな弱気じゃぁ。毅然として隙を見せないようにしていれば、弱みに漬け込まれることもないわ。あいつらは弱った草食動物しか狙わない卑怯な肉食獣と同じなんだから。噛まれたら、噛み付き返すぐらいのガッツを見せなさい」
　ナズナの言葉には力強さがあった。何者にも侵されない誇りが彼女の中にはあるのだろう。そうした気の強い所が、幼なじみのツツジと似通っているとミミリは感じた。
「まぁ、なんか困ったことがあったら言ってね。力になるわ」
明るくナズナは言った。昼の時と同じ、茶目っ気のあるウィンクをして。

　ナズナは、それ以降もミミリを支え続け、助けてくれた。
　ミミリにとって『ガ―デン808』で出来た最初の友であり、信頼出来る仲間であり、甲　斐甲斐しく世話を焼いてくれた姉貴分でもあった。
　いつしかミミリにとって、ナズナは掛け替えのない友となっていた。