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ミムロ コトナリ
ミムロ コトナリ
novelistID. 12426
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マジェスティック・ガールEp:1 まとめ

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二章:ガーデン808―Survive―



<1.>

 叔父が言ったとおり、そこでの生活は本当に厳しく、”ロクでもなかった”。

 六から十ニ歳までの期間中に里親を失ったマジェスターは、政府管理下の教育施設で、プランタリアに入学するまでの間、当面生活することになる。
 政府の公式見解では
『幼児は人間としての習熟期にあるので、社会性や情操教育のため
 両親や保育が必要とされる。六歳以降の幼少期に入ったマジェスターに
 ついては、家庭や保育教育で人間社会の理解や習熟がある程度済んで
 いるので、画一的な集団生活の場に送っても問題はない』とのことだった。
 新しく引き取り手を見つけようにも、そのマジェスターにとって
 適合する人物や家庭環境を持つ人間がそうそう見つからないという理由もあるとのこと。
『社会教育が済んでいるのであれば、条件に適合せずとも引き取りを
 希望する里親の元で暮らしてもらってもいいのではないか?
 無理して政府が引き取る必要も無いのでは?』
 と言う疑問の声が少なからずあるのも確かだった。
 では、『そうしたシステムを望む者がいるのか』と、そう考えるのが――

 ミミリは、そうした教育施設の一つに引き取られた。
 自分を迎え入れてくれた最初の日はとても優しかった教官達や職員も、一定の時期を超えるとその悪魔の本性を見せ始めた。
 彼らは、酔っていた。いたいけで無力な子供を蹂躙し支配することに。
それを疑問にも思わず、それを良しとさえする空気と風潮がこのマジェスター教育施設『ガ―デン808』には充満していた。
 全ての大人達がそうではなかったが、一部の悪徳を働く人間達の力が圧倒的に強いここでは、弱者を救おうとする高尚な正義と善意を持つ人間は排斥される運命にある。
 ただし、表立って彼らも露骨に道徳と倫理、法規に抵触するようなことはしない。名目上は、政府の公共教育機関施設に従事する公務員だ。わざわざ言質を取られるような失態をしでかすわけがない。
 彼らは、獲物をひっそりと陰から狙うジャッカルやハイエナのように狡猾だった。
 吐き気を催すほどの『えげつない行為』は、いとも容易く行われる――
身近な影で、誰の目にも触れない所で、ひっそりと確実に。

 実技訓練の時間。昼下がりの野外射撃訓練場に教官の怒声が反響した。
「ミミリ・N・フリ―ジア。なんだ、その”へっぴり腰”は。構えが全然なっていないぞ。伏せ撃ちからやり直せ、狙撃の基礎を復習しろ」
「はい、すいません。サイガ教官」
訓練用の緑と黒の斑が入った野戦服姿で、ミミリはアサルトライフルを
構えたまま大きな声で返じた。
 射撃教練教官のサイガ・ヒットショットは、中肉中背の優男で、普段は柔和な人物で知られている。ここに来る以前は、連邦軍の新兵強化キャンプで教鞭を取っていた四十手前の専任軍曹だったそうだ。
 彼は教官職にある軍人としては、それほど厳しい人間ではない。ミミリをどやしつける声も、耳朶を打つように大きく響くが、威圧的ではないと感じる。その声に、精神を抉るナイフのような鋭さは感じられなかった。
 それ故、心根は穏やかな人なのだろうとミミリは察していた。
「ストックをしっかり肩に押し付け固定しろ。脇をもっとしめて、頭と体の軸はライフルを中心にして真っ直ぐに構えるんだ。目線はアイアンサイトの中心に目標を捉えて銃口を中心線にして、その延長を見る」
「はい」
 サイガに言われたとおり、ミミリは構えを直した。ライフルを撃つ上で基本的な射撃姿勢の一つ、伏せ撃ち。基本中の基本と言ってもいい構えだ。
 まだ銃を触って一日二日程度しか経っていないミミリにとっては、言うほど簡単な事ではなかった。
 ジュニアスク―ルでもマジェスターの練兵訓練は日常茶飯事だったが、銃を扱うのはここに来てからが初めてだった。銃を身体の延長のように扱うにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「違う、そうじゃない」
「はい!申し訳ありません」
 二度目の叱咤に、ミミリは身を固くした。
オロオロしていると、サイガが後ろに回り込みミミリの二の腕に手を掛けてきた。
「いいか。こうするんだ」
「あ…はい」
 サイガはミミリの手と腕を取って、構えを矯正してやった。
トン、トン、パンとサイガのごつい掌がミミリの身体を叩き、正しい姿勢へと身体を組み替える。その手が、腕、肩、脇、その下へと向かっていき…。
(ひっ…!)
 違和感を感じた。
 脇に手がかかったとき、そうとは分かりづらい感じでサイガの指が胸に触れた――ように感じた。十歳を過ぎ、早めの第一次性徴を迎え、ほんのりと出来てきた胸の膨らみに指が当たる感触を知覚したのだ。
ミミリは、腹の中に手を突っ込まれ、ぐしゃぐしゃとまさぐられるような禍々しい嫌悪感を感じた。
 それでも、何かの間違いで触れてしまったのだと思った。柔和な優男であるサイガ・ヒットショットに、そうした趣味があると言う噂はない。多少厳しいものの、人畜無害な男だ。そういう認識が自分の中にあった。
 ごつい掌は、ミミリの服と身体を叩き、さらに下へ下へと降りてきた。
 パン、パン、トン、トン。野戦服を叩く音。
 トン、トン、タン、トン。体の姿勢を矯正する掌の音。
(気のせい…だったのかな…?)
 尻に手が当たった。掌が深く、肉に食い込んだ。
(へぅ…!)
 そして、滑りこむように、ゆっくり、ゆっくりと股の部分に指が伸びてきた。
「あ…あのぅ、教官…」
「なんだ、ミミリ四期生。”どうかしたのかな”?」
 自分を見つめるサイガの眼の奥に、濁りきった昏い汚泥を垣間見た。
 疑惑が確信に変わった。この男は、羊を演じていた狼だったのだ。
 柔和な優男も、人畜無害な装いも、全てが本性を包み隠すためのカバ―(偽装)。
 その本性は、”あらゆる力”で人をねじ伏せ、一方的に嬲ることに快感を覚える男の性(ジ ェンダ―)――つまりは異性に対する支配欲そのもの。
 絶望の魔手が、ミミリの心臓を鷲掴みにした。
 サイガの指がじわりじわりと、部分に迫ってきた。無力で気弱な少女であるミミリは、顔を青くして、歯を噛み締め、耐えることしかできない。
 なにを抗議しようがここでは無駄。公然かつ黙秘のもとに行われている悪徳を認知し、咎めるものは誰一人としていない。故に、そういう噂も立たないし、誰の耳にも届かない。
 静かに、静かに。一人、また一人と歪んだ大人たちの欲望の餌食になる子供が増えるだけ。この背徳の館では、その程度の些末な事に過ぎない。
(い…いやぁ…)
ミミリは絶望を受け入れ、観念して目を食いしばった。
「サイガ教官」
ふいに後ろから女の子の声が聞こえた。
「んん…?なんだね」
サイガは振り返り、その声の主をみた。ミミリも一緒になって振り返る。
 清楚な雰囲気の少女だった。プラチナブロンドのセミショ―トヘア。少しでも大人っぽく見せようと、右の前髪を斜めに分けている。どこか背伸びをしている――そんな印象を受ける少女だった。
 少女は、憮然とした表情を教官であるサイガに向けていた。彼女は、アサルトライフルを掲げ持ちサイガの目前に突き出し、礼を失しない程度に恭しい口調でこう告げた。