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この手にぬくもりを

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 板垣は金網に額を近づけ、彼女の顔をのぞき込む。そして、普段と変わらない、穏やかな声で、言った。
「とんでもない。詫びるのは、僕の方じゃないか」
 いつの間にか金網を握りしめていた手が、震えた。喜久子は金網に縋り付いたまま、大きくかぶりを振った。
 自分でも気づかぬ内に、涙が頬を濡らしていた。
 怖かった。何度覚悟をしても、明日という日が来るのが、怖かった。
「喜久子は、泣いてばかりだなあ」
 板垣が、金網に軽く指を掛けて、微笑った。金網は三重に張られていて、二人の指が触れ合うことは、ない。
「いつも泣き顔しか思い浮かばなくて、困るよ」
 本当に、泣いてばかりだ。泣くのなんて嫌いなはずだったのに。人に涙を見られるなんて、耐えられなかったはずなのに。
 板垣と出会ってから、自分は泣いてばかりだ。
 今さらながら、喜久子は気づいた。夫を思い出す時、いつも、このやわらかな笑顔が浮かぶことを。それでどんなに救われているか、どんなにありがたいか。
 せめて最後くらい、笑って見送ろう。板垣の思い描く自分が、常に笑顔でいられるように。
 今からでも笑ってみよう。
 喜久子は、きつく金網を握りしめた。
作品名:この手にぬくもりを 作家名:くりはら