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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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夢の館

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第七節 謎の鍵


 そこには燃えるような真っ赤なルージュ。
 目を覚ましたAは驚きのあまり蛇に睨まれた蛙のように、躰がすくんで動かなくなってしまった。
 ベッドに横たわるAの顔を覗き込んでいたのはマダム・ヴィーの視線。彼女は車椅子から身を乗り出し、愛でるような瞳でAを舐め回すように見つめていた。
「お目覚めね。ワインでもいかが?」
 ルージュから発せられた言葉を寝起きのAは理解するのに時間を要した。
「いえ、それよりも……ここは?」
 自分が使っている部屋とは違う場所。
 部屋は煌びやかに装飾され、嫌みなほど豪華絢爛な部屋であった。性格に例えるなら傲慢。部屋の主を表しているようであった。
「わたくしの部屋よ」
 答えを聞かずとも、すでに察しはついていた。そのことよりも、ここがマダム・ヴィーの部屋だとするならば、なぜここにいるのかということのほうが問題だ。
 ここで目覚める前に残っている最後の記憶。それは蒼いベールから覗く哀しげな二つの瞳。そうだ、AはMの部屋にいた筈であった。
 明らかに不自然な気の失い方。さらにはマダム・ヴィーの元へ連れてこられた。まさかMにはマダム・ヴィーの息が掛かっているのか。だが、取り巻く環境を考えれば、誰もが信用ならず、マダム・ヴィーの影響下にあるような気がする。
 Aは何を質問するべきか迷っていた。自分がここにいる理由を問うことは危険を孕んではいないだろうか。だが、この不自然な状況を聞かぬ方がそれこそ不自然ではなかろうか。
「僕はなぜここにいるのですか?」
「昏倒して気を失った貴方の様態を診るため、わたくしの元へ運ばれてきたのよ」
「医学の知識がおありで?」
「ええ、少しばかり」
 この時、Aはケシ畑のことを思い出していた。ケシから生成されるモルヒネは麻酔薬として使われる。だがそれだけの理由で、裏庭で?麻薬?にも使われる植物を栽培するだろうか。
「それで何か僕に異常は見つかりましたか?」Aが尋ねると頭を振った。
「いえ、外的な症状は特出して目立った異変は診られなかったわ。ただ少し疲れているだけでしょう。今も蒼くやつれた顔をしているわ――まるで悪魔を目の前にしているような」そう言ってマダム・ヴィーは含み笑いをした。
 Aは取り直そうとして柔和な表情を作ろうとしたが、強ばった頬が言うことを利かない。そんなAの表情を読み取った様子のマダム・ヴィーは、気分を害するどころか喜んでいるようだった。精神的に嬲りことをおもしろがっているようにも見える。
 少しずつだがAは落ち着きを取り戻していた。そして、マダム・ヴィーと二人っきりで話をするまたとない機会であることを察した。
「つかぬ事をお伺いいたしますが、Gから僕のことをなにか聞いていないでしょうか。僕の意識がない間にGが、皆さんにどのように僕のことを紹介したのか気になってしまって」
「特になにも聞いていないわ。この屋敷では人の素性を詮索するような無粋な者はいないもの」一呼吸置いて、「この意味がおわかり?」
 Aは背筋をぞっとさせた。
 マダム・ヴィーはAが詮索をしていることに気づいているのだろうか。二号からいくばくかの話を聞いているかもれない。
 相手がどこまで知り得ているのか、それによってカードの切り方が変わってくる。投げかける質問は慎重でなくてならない。たとえ尋ねたいことが山のようにあろうと、焦ってはいけない。
 地下室へ近づくことは容易に許されてはいないが、それ以外の場所の立ち入りについて忠告を受けた覚えはない。だとしたら庭の散策で不都合なものを見られることはないと言うことだろうか。
 一か八かAは質問を投げかける。
「そう言えば、今日は庭を拝見させていただいたのですが、裏庭に少し臭いは強いですが赤く美しい花が咲いていました。あれはなんという花でしょうか?」知っていることをあえて尋ねた。
「ケシの花よ。モルヒネ、そしてアヘンの材料になるわ」
「ああ、あれがケシなのですか。友人がアヘン窟に通っていたのを思い出しました」
「貴方もアヘンを?」
「いえ、僕は……」
 Aはもう少し踏み込むべきか迷っていた。本当に聞きたいことはケシの話ではない、そのケシ畑の近くにあった?モノ?だ。
 ――やはり聞くことは出来なかった。代わりに違う方向から訊くことにした。
「ところでGの亡骸はどうなりましたか? もう埋めてしまったのでしょうか、できれば墓地に祈りを捧げてやりたいのですが」
「ええ、裏庭の一画に急ごしらえだけれど埋葬したわ。数日後には整然とした墓ができあがるでしょう」
「あの場所に案内してもらいたいのですが?」
「あとで奴隷に言い付けて置くわ」
「ありがとうございます」
 Aは深い礼をしたあと、ベッドから降りようとしたのだが、その胸板をマダム・ヴィーの手袋をした繊手が強く押した。
「まだお休みなさい」
「いえ、もう大丈夫です」
「本当にそうかしら?」
 繊手で首筋をなぞられたAは身を震わせ、次の瞬間には全身から力が抜けてしまっていた。
 熟れた真っ赤なルージュが迫ってくる。それは果実と言うより炎。全てを喰い尽くす紅蓮の業火。
 Aは本能で恐怖を感じた。
 脳が揺さぶられる。
 酷い頭痛を感じたAはその場で身悶えた。
 脂汗を掻きながら一欠片の精神力を振り絞ってAはこの場から逃げようとした。この状況から逃げることで、マダム・ヴィーの機嫌を損ねることにならないか。そのようなことなど考える余裕もなく、ただ逃げようとした。
「もう大丈夫です……失礼……します」
 激しい呼吸の合間に途切れ途切れで発せられた言葉。明らかに様子がおかしく、それを相手が察しない筈もないが、構わず余裕もなくAはベッドから這い起きて部屋を飛び出した。
 マダム・ヴィーは追いかけてこなかった。そのそぶりすら見せなかった。
 どうにか部屋の外に逃げ出したAをそこで待っていたのは、Jの姿。彼は心配そうな口元を露呈していた。
「どうかしたのかい?」
「いや……」
 口では否定しながらも、躰の均衡を崩して倒れそうになったAをJが抱きかかえ、肩を貸してしっかりと立たせた。
「顔色が悪く酷い汗だ。部屋まで送ろう」
「……すまない」
 もはやAはひとりで歩くこともままならない状態だった。
 部屋に向かいながら多少の落ち着きを取り戻し、Aの思考にも余裕が生まれた。
「なぜマダム・ヴィーの部屋の前に?」
「たまたま通りかかっただけさ」
「嘘だ。貴方はおそらくしばらく前から部屋の前にいた、理由はわからないが」
「理由などないさ。ボクはたまたま通りかかっただけだからね」
 Jの目的や真意を問いたかったが、はぐらかされるの落ちだろう。今はそれを問うことを諦め、Aは別の質問を投げかけることにした。
「この屋敷ではアヘンを扱っているのですか? たとえば、貴方もその客の一人。貴方自身は吸わないとしても、貿易関係の仕事をしていると言っていましたが、それはアヘン貿易のことでは?」
「客……好い線を行っているが、アヘンは余興に過ぎない。少なくとも遊技としてはね」
「余興? 遊技としては?」
「マダム・ヴィーの財源の一つであったとしても、彼女にとってアヘンは嗜好品としての価値はそれほど高くはないということさ」
作品名:夢の館 作家名:秋月あきら(秋月瑛)