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一生懸命頑張る君に 1

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Episode.4 半年の壁 part4




琥瑦は武隆が言ったことを理解できなかった。
「走れない」――――…武隆が軽い気持ちで言ったとは考えられなかった。
琥瑦が走らなくなった後でさえ、武隆は必死に走りつづけた。冬の乾燥した空気を吸い込みながら。
琥瑦がいなくなってからも諦めなかった武隆が「走れない」と言った。
理解できなかった。
武隆は押し黙った。
その目にはうっすらと涙が滲んでいた。
やはり琥瑦は理解できなかった。
何物が武隆をそこまで言わせてしまったのか。
雨は強く強く窓を打ちつける。
「なんで…」
琥瑦の言葉はそこまでしか出てこないで、胸につっかえてしまった。
武隆は、虚ろに俯いて、琥瑦に告げた。
少しの嘲笑を含みながら、
「俺、白血病なんだって、今日言われたんだよ、医者に。…もう走れないってさ。…ハハハッ、もう呆れちゃうよな。お前は走れて、俺はもう走れない。…ハハハッ、ハハ…」
武隆の顔に未練と後悔と屈辱の色が浮かんで、濃くなった。
泣き笑い。笑っているのは明らかに顔だけだった。
苦しいんだろ。なあ。
琥瑦は、見ていられなかった。
(武隆は俺と比べている…)
一時期走ることを諦めた琥瑦が、また走れる権利を天から与えられ、ずっと頑張ってきた武隆には突然走る権利を希望ごと根こそぎ奪う。
不公平な世の中だ。
琥瑦も武隆も、心の中では、そう思わざるを得なかった。
琥瑦は安易に大丈夫だよとかまた走れるさなどとは言えなかった。
もしかしたら、確信が無くてもそう言うべきだったのかもしれないが。いや、どうなんだろう。
武隆は、いつの間にか嘲笑をする事が出来なくなった。
「…あれ、なんで…」
―――…ポツリ。
武隆の服の上に、小さな小さな雨が降り落ちてきた。
ただ生きるということを、六十九億人もの人が―――大人も子供も、善人も悪人も、先生も軍人も、ホームレスも大富豪も―――軽々と遂行してる。
なのに、なのに…。
「ッなんで…。なんで、俺は、生きることすらできねえんだよう」
武隆は泣きじゃくった。さっきまでの強気は、どこかに消えていってしまったように。
「武隆」
琥瑦は、武隆の名前を呼んだ。
それは外の打ちつける雨の音をも、超えていくように、武隆の中の深くに、凛と響いた。
琥瑦が、武隆の名を呼んだのは、いつぶりだっただろうか。
琥瑦、武隆の手をとって、ギュッと握りしめた。
「生きていくって、簡単じゃねえよ。みんな悩みながら生きてんだろ。…でもな、うまく言えねえけど、死ぬって事が負けるってことじゃあないんだよ…きっとさあ、誰だって死ぬんだよ…だからなあ…だから…」
言葉にならない。うまく伝わらない。琥瑦はこのときほど、もどかしいことはなかった。
生きる。
ただ生きるだけだというのに。
二人の少年には、一つの命はとても抱え切れるものでは無くなっていた。
琥瑦はそれでも伝えようとした。彼の目からは、止め処なく涙が溢れていたが、彼はそれを拭おうとしない。
一呼吸おいてみた。
「…だから、最期まで精一杯生きてみなきゃ、折角生まれてきたのに、勿体無いだろうよう」
伝わったかどうか、琥瑦には判らない。
なんせ、涙声で、言っていることが聞こえたかどうか分からないくらいだっだのだ。
でも、琥瑦はこういうことを言いたかったのだと、感じていた。
人が死ぬ。亡くなる。die。
人はいつしか死んでしまうのに、やり残したことを思い出しては、たくさん後悔して、嘆いて、うずくまる。でも、必死になって生きようとしている。
武隆が死ぬ時は、琥瑦はどんなことを思うのだろう。
琥瑦は辛うじて、ぼんやりとした武隆の像を見た。
「琥瑦は…お前はやっぱり強いよ。適わねえわ…やっぱ。…俺、まだ走りたかったよ…お前とようやく走れると思ったのになあ。…たくさん、走りたかったのになあ…」
やっぱり、彼の声は涙で濡れていたけれど、さっきとは違う、いつもの武隆に見えた。
武隆は泣き笑いで続けた。
「…でも、琥瑦いるから。俺は、ちゃんと、お前が走ってくれるって信じているから。俺はもう走れないから、お前にたくすよ。琥、ごめんな、いろいろと」
琥瑦もまた、同じような顔をして、
「ごめんじゃねえぞ、バーカ。ここはお世話でも、『琥瑦大先生様、ありがとうございます』だろう」
お世話でもかよ、と武隆は笑った。
彼らの溝は、とうに埋まっていた。
いつの間にか、外の雨は止んで、隙間からは、光があふれていた。
光の道だった。

彼らの道を、決して明るくはない道を、神様はささやかながら、応援しているようにも思われるほど、暖かい光だった。

作品名:一生懸命頑張る君に 1 作家名:雛鳥