小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ローザリアン

INDEX|2ページ/16ページ|

次のページ前のページ
 

「わからない……」
 さびしそうにつぶやいた声がカフェの中に響いた気がした。ウエイトレスがちらちらとこちらの様子を伺ってくる。早く出て行けという空気がこっちにまで伝わってきた。ここは深夜一時まで開いているはずだったけれど、ウエイトレスはお構いなしだ。
 さて、困ったことになってきた。このカフェはもうすぐ閉店だし、何よりこんな時間に女の子が一人では危ない。
「おにいちゃん、ひとり?」
 今度は少女が僕に尋ねた。
「うん、ひとり。君とおなじだね」
 できるだけ優しい声を出そうとしたけど、どうも緊張しているのか声がこわばってしまう。僕は元々、子供が好きなほうじゃなかった。子供は確かに可愛いし、いつかは自分の子供をほしいとも思う。けれど、いざ目の前にするとどうしていいのか困ってしまう。身分不相応なものをプレゼントされたときと、少し似ている。
「私、ローズマリー。お花の名前」
 一瞬遅れて、少女が自己紹介をしてくれたのだということを理解した。ローズマリーというのが少女の名前らしかった。
「僕はサイモン。よろしくね、ローザ」
 ここでようやく少女は笑った。笑ったように思えた。帽子とガーゼで顔のほとんどを見ることができないから、本当に少女が笑ったのかどうか確信がもてなかった。かといって、帽子を取るように言うのも気が引けた。彼女の帽子から僕はどことなく拒絶の意思を感じ取った。トラウマ、もしくはコンプレックス。そういうものを少女は抱えているのかもしれない。子供は子供なりに筋の通った世界を持っているものだ。僕の小さい頃もそうだった。
「それで、ローザのパパはいつ帰ってくるの? 明日?」
 僕が言うと少女は首を横にふった。長い金髪が綿のようにふわふわと揺れた。
「パパのお仕事、とても大変なの。私のためにお仕事してくれてるのよ。大変だからいつ終わるかわからないし、いつ帰ってくるかわからない」
 断片的な話し方に子供らしさを感じながら、僕は相槌を打つ。少女はまた一口、水を飲んだ。
「じゃあ君、どうしてここに来たの?」
「お迎え」
 少女は少し考える風にして黙り込み、口を開いた。
「パパはきっと電車で帰ってくると思うの。だからお迎えしに来たのよ。今日は帰ってこなかったからおむかえができなかったわ。けど明日も待つから大丈夫」
「明日もここにくるの?」
「パパすらおむかえできない女はレディになんてなれないわ」
 すましたように少女は言った。彼女はどうやら普通の少女とは違うらしい。普通の、と判断できるほど僕は子供と接しているわけじゃないけど、そこはまぁ、しょうがないってことにしておきたい。
「ローザのパパってどんな人?」
 ひとつ浮かんできた予想を確かめるため、僕は少女に尋ねた。
 少女の様子からすると、父親はおそらく何日も前から、少女と離れているのだろう。服装や言動が推察の邪魔をするけれども、見たところ、小学校半ばぐらいだ。
 こんな年端もいかない子供を深夜まで放りっぱなしの両親。ママは知らない、とのことだが、母親は長期にわたって不在なだけかもしれない。そして頻繁に家をあける父親……もしも父子家庭なら、金銭面の問題と家庭での時間がつりあわないことも、納得できないわけではない。僕の友人にも、そういう男がいる。けれど彼は毎日六時を過ぎる頃には帰宅しているといっていた。
「パパはとっても優しいの」
 少女が喋ったことに僕ははっとして意識が戻ったのを感じた。すぐあちこちに寄り道をして思考がまとまらないのは僕の性格だ。
「私のためにごはんを用意してくれて、お洋服も、くつも、ぼうしも買ってくれるのよ。私のこと大好きっていつも言ってくれるわ」
「それ、本当?」
 服を買ったりご飯を作ったりは親として普通のことだと思うけど、とりあえず最後の部分に対して僕は言った。
「サイモンってうそつきしかお友達がいないのね」
「……」
 友達が多いほうではない僕にとって、今の一言は心にぐさりと刺さった。こんなに気丈な性格なら心配はなさそうだ。
 僕がしていた予想というのは、少女が捨てられたのではないかということだった。強がっているだけなのかもしれないけど、それにしたって数日もたって不安にならないわけはないだろう。過去で頻繁にこんなことがあったなら話も違ってくるけれど、そこまで来ると完全に僕の妄想だ。
 とにかく少女のことについてほとんど知らない僕が、あれこれ考えたところで意味がない。プライベートな部分を荒らしているのと同じだ。あまり、そういうのは好きじゃない。僕も他人から詮索されるのは好きじゃなかった。人間はお互いに適度な距離を保つべきだ。
 先ほどとは別のウエイトレスが、僕たちの席へやってきた。
「申し訳ありませんが、閉店です」
 ぶっきらぼうに言い放つウエイトレスが顎で時計のほうをしゃくって見せた。つられて視線を移す。時計は一時を指していた。
「すぐに出ます。すみません」
 ウエイトレスの鋭い視線に追い立てられ、僕は慌てて荷物をまとめた。席を立つ。少女も立ち上がった。
 ガラス扉を押して外に出ると背後ですぐにシャッターを閉められた。雷に似ているような似ていないような、けたたましい音が駅構内に響き渡る。
「おこられちゃったね」
 少女に言うと何がおかしかったのか、声を出して笑いはじめた。僕はというと、いつのまにか自分から少女に話しかけていたことに驚いていた。子供は好きじゃないのに。少女に対して、自分が対等の立場にいるように思っているからかもしれない。
「これから、どうするの? まだパパを待つ?」
 どちらにしても駅からは出なければいけない。
 僕は少女の手を引いて歩き出した。改札の前を抜けて、中央出口に向かう。ホームから出てきた乗客たちが、のそのそと同じ方向へ向かっていた。つかれきった表情の傍らに混ざる僕たちは少しばかり異彩を放っている。
 それにしても少女は体がちいさい。歩く速さをずいぶん落として、ようやく少女とつりあう。とても歩きづらかったけれど、今更手を離すわけにもいかない。
 少女の手は冷たかった。体が冷えているんだろう。この町の冬はとても寒い。僕の家にもそろそろヒーターが欲しくなる季節だけど、そう上手く手に入りそうにはなかった。拾ってきたヒーターは去年の冬に壊れてしまったから、今年は凍えることになりそうだ。
 少女が小さなあくびをした。
「私、今日はもう、帰る」
「送っていこうか」
「車があるの?」
「そんなに良いものじゃないけど」
 お金のない僕にとって、車はどんな種類でも高級車だった。中古車セールで最安の車をひとつ買うのにぎりぎり足りない程度の貯金は僕にもあったけど、無理して車なんて買ってしまったら、僕は今いる安アパートよりも狭苦しい車の中へ引っ越さなければならなくなる。ガソリンを買うお金もない。僕はそこまで車を愛しているわけじゃないし、特に必要じゃなかった。車と女性なら断然女性のほうが好きだ。女性を連れてドライブに出かけられるなら考えても良いけど、そんなシチュエーションにぴったりの車なんて一生かけても手が届かない。女性も同じく、というところはあまり考えたくない。
作品名:ローザリアン 作家名:ミツバ