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怨念さん

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 穏やかな陽気の日だ。
 私は今日もいつも通り会社に向かう。
 バス停に向かう途中、園児が幼稚園のバスに乗り込む光景が見られる。私はこの光景が好きだ。多分誰でも平和を感じる瞬間というものを持っているのだと思う。
 だが、日常があまりにも平和の繰り返しだと、しばしば些細な事が気になってしまう時がある。
 今の私にもそれがあるのだが、まあ、本当に些細な事である。
 私の家は比較的、山手の方にある。そこからバスで会社に通っているのだが、バスに乗っている時間だけで一時間近くもある。
 慣れればどうって事は無いが、たまに一度も座れなかったりすると気分が悪くなる。今日は何とか座る事ができた。
 ただ、座れれば万事OKというわけでも無い。
 今日もどうやら危惧していた事が起こってしまったようだ。
 一、ニヶ月前から、よく顔を見る人がいるのだ。ほぼ毎日会う上に、降りる場所も同じで、更には座る位置も大体近くになる事が多い。今日に限っては、隣だ。
 ここまで来れば何か喋るべきだろうが、男同士というのはフランクな付き合いというのはしにくいものだ。一度喋ってしまうと、それがどんなに嫌な人間でも、今後見かける度に喋り続けていかなきゃいけないのだろうか、等と色々考えてしまう。
 今日も喋りかけずに一時間近くも過ごすと思うと嫌になった。
 だがこの日は違った。向こうが話しかけてきたのだ。
「よく会いますなぁ」
「そ、そうですねぇ」
 明るく、割と話しやすそうな口調で話しかけてきた。いい人かもしれない。
 その男は尋ねてきた。
「あなた、どんな仕事しているんですか?」
「本の出版です」
「ほう、いい仕事ですな」
「あなたは?」
「いやぁ、アコギな仕事ですけどね。しかも今は休養中です」
 確かにこの男はいつもスーツを着ていないし、サラリーマンでは無いようだ。しかし服装はしっかりしていて、声もサバサバしているが上品だ。
 続けて男が私に喋りかけてきた。
「お名前伺ってもいいですか?」
「ええ、本尾出須夫(ほんおだすお)と言います。」
「いい名前ですねぇ。本当にいい名前だ」
「あなたは?」
「怨念です」
「は?」
 男はいたずらっぽい表情を浮かべていた。
「だから、怨念です」
「はぁ……怨念さんですか」
「はい、怨念さんです」
「……なんの怨念ですか?」
「ひよこです」
「ひよこ?」
「ひよこの怨念です」
「そうですか……」
 私は『変な人に捕まってしまった』と思った。これからも通勤の度に、この変な人に付きまとわれるのだろうか……
「具体的にはカラーひよこの怨念です」
「別に聞いてませんけど…………そういえば昔、動物愛護団体が騒いでましたね」
「ええ。ひよこに色を塗るなんて許せないですよねぇ……」
「まあ……衛生上よくないから、死んじゃうみたいですね」
 私は話を合わせるが、あまり面白くは無い。何だってとうの昔に見なくなったカラーひよこの話をしなければいけないのだ。
 だが、男は体をこちらに向けて更に話しはじめた。
「鳥インフルエンザって知ってますか?」
「ええ、最近更に強力になったインフルエンザですよね」
「強力になったのは、私の仕業です」
「は?」
「言ったでしょ、私、怨念だって。怨念が人間の形を取ったんです」
「はぁ……でもあれは、人から人にはあまり感染しないんですよね?」
「今にするようになりますよ。そうすれば世界の危機ですね」
「はぁ……まぁそうですね」
「あ!あなたもしかして怨念を信じてませんね?」
「そりゃ……いきなり信じろって言われても難しいですね」
「ふむ。じゃあ3日後、見ていて下さい。日本を揺るがすような、一大ニュースが起きますから」
「え!?」
「怨念と言っても運命ですから。もし私の予想が当たっても怒らないで下さいね」
 それから男は一度も喋ってこなかった。
 私は変な人に絡まれたと思い、嫌になったが、彼の予想への自信にも興味があった。本当に何か起こるのだろうか。
 
 それから3日経ったが、それまで彼は一向にバスの中に現れなかった。
 その夜、リビングでテレビを見ていると、速報で首相が死んだというニュースが流れてきた。どのテレビ局も臨時で、一斉にそのニュースを伝えた。
 彼の言った事は本当であった。首相の死を予想できるような材料は何も無かった。これは、彼が本当に怨念で殺したという事だろうか。
 だが私はそれほど心動かされたわけでも無かった。彼のサバサバした感じが、マジシャンか何かのように見えたからだ。きっと何かトリックがあるに違いないと思った。
 
 次の日、私がバスに乗ると、彼は図々しくも、隣の席を鞄で占領していた。私を見つけると、とびきりの笑顔で私を手招きした。
「見ましたか?昨日のニュース」
「ええ。どうして分かったんですか?」
「分かったのは当たり前です。私がやったんですから」
「それが信用できないんですよ」
「まあ確かに、未来なんてのは予想するものじゃありません。現象が起きている『今』が全てとの調和なんですからね」
「どういう事ですか?」
 私が尋ねると、男の顔が少しまじめな印象に変わった。
「全ての現象というのは調和しているんです。例えばブラックホールを考えて下さい。圧倒的な質量がブラックホールという現象を生むんです。もし圧倒的な質量があってもブラックホールが生じなければどうなると思います?物理法則が乱れるんですよ。そんな事はあってはいけない。だから調和を起こす為にブラックホールという現象が起こる必要があるというわけですよ」
「はぁ」
「人類の歴史も同じです。今まで虐殺に次ぐ虐殺、奴隷制度、戦争、原爆、あらゆる負の行為を行ってきたわけです。それを今さら、知らんぷりできるとお思いですか?」
「うーむ。でもそれが、ひよこの怨念であるあなたと何の関係があるんですか?」
「家畜も同じですよ。鶏の場合は家禽(かきん)と言うんですけどね。産卵種のひよこは雌雄を分ける為にメスは育てられますが、オスはゴミ箱行きです。そのまま圧死するか窒息死して終わりです。これを虐殺と言わずに何と言うんですか?」
「しかし……」
「生き延びたメスだって地獄です。鶏というのは日光に反応して卵を産みます。二十四時間産み続けさせる為に、電気を付けっぱなしにした小さなケージで卵を産ませるんです。鶏は翼をバタ付かせる事も、向きを変える事すらできない。そうして卵を産みすぎた影響で鶏は衰弱して死んでいきます。可哀想だと思わないんですか?」
「はぁ……でもあなたはカラーひよこの怨念なんですよね?」
「カラーひよこというのは半分冗談です。でもカラーひよこは産卵種のオスなんですよ。つまりゴミ箱行きだったオスのひよこというわけです。皮肉にもゴミ箱行きのひよこより、買ってすぐ死ぬカラーひよこの方が長生きしているんです。面白いですね。ハハハ……」
「言いたい事は分かりました。あなたは動物愛護団体か何かですか?」
「まだ理解しておられないようですね。死んだ首相が浮かばれませんよ?何ならもう何人か殺してみせましょうか」
 彼の表情が一瞬にして冷徹な表情に変わった。
「そ、それは困ります。でも、どうしてそうまでして私に理解させようとするんですか?」
作品名:怨念さん 作家名:ユリイカ