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くらたななうみ
くらたななうみ
novelistID. 18113
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一万光年のボイジャー

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第七章 違えられた方向性







最後の瞬間。

シューの手は、そのスイッチを押すために、掌に『フロンティア』の全てをのせていた。
そしてその上にぴったりと、エーミィの手が重なっていた。

だからシューはその手が払い除けられてしまうなんてこと予想してはいなかったし、同一思想者だと思っていた自分と彼女との間に、決定的な方向性の違いが生まれていたなんて、想像できもしなかった。

ことの顛末は、明るみに出てしまえばあっけないものだった。重大な真実ほど単純でそして、あっけない。

『大至急、フロンティアの廃棄を完了させて下さい』

そもそも地球で計画され、地球によって打ち上げられた『フロンティア』が、今は地球との通信を断絶させてしまっていたことに皆、もっと強い懐疑を抱くべきであった。
それをしなかったのは、自分たちを「地球人」であると強く定義付けしていたからだし、一万年の時を経てもなお、

『地球』にとってもそう定義され続けている、

と過信していたからだった。
そして過信は過信でしかなく、『地球』は『フロンティア』に廃棄というひとつの末路を提示する。

「ありえない……『ミカエル』を消したのは、そしてこれからあたしたちを消すのも……」

戦艦の衝突で部屋の端に吹き飛ばされたエーミィは、震えを必死に抑えながら言った。
コックピットから、大艦隊『フロンティア』の多くが見渡せる。正常なときならさぞ美しいであろう、光と淡いサーチライトの、海のような広がりは。
しかし今は、仄かに光っている船の反応が、まるで蛍を一匹ずつひねりつぶしていくかのように、静かに消え失せていくのだ。

「消すのが同じ、地球人、だなんて……酷い」

『幽霊戦艦』の正体は、普通の船だった。フォルムだけで見れば『フロンティア』を形成しているのと似通った型の、光子エンジン搭載宇宙船に近い。
ただ特徴的に、露出しているエンジンが両舷に一つづつオレンジに強く輝いていて、超音波のような高周波音を不規則に発している。中心は回転しているように見え、その周辺はエネルギーの大きさにか空間がゆるやかに弛んでいた。そして艦首には大きな、目玉のようにでかい赤いランプが点滅を繰り返している。
完了させる、という言葉が選ばれたということは、既に「廃棄」という顛末は進行形で下されていて、しかも着実に進んでいたことを意味している。
子供たちが面白がっていた『幽霊戦艦』の噂も、『エンジェリック・アイズ』に目隠しがされていたことも、攻撃戦艦『ミカエル』が消されたことも、全て長期的な計画のうちのひとつだった。

「どうする、シュー」

エーミィがつぶやいた。

「光の速度を超えるなんて、理論上不可能だって本にも書いてたし、習ったのに」

しかし今目の前にある、超最新鋭の戦艦の光子ではないオレンジの粒子を、仮に、大昔の人間が夢の粒子として勝手に妄想した『タキオン』とでも名付けるとする。
そのタキオンエンジンは当たり前のように、光の速度、秒速30万キロメートルを凌ぐのだ。実際にシューもエーミィも目の当たりにした、秒速1.5光年以上というその圧倒的な速度を。

「秒速1.5光年もの速さで飛べたら、色んなところへいけるね」
「うん、アンドロメダ大星雲にだって、近所に買い物にでるより随分早くつく、な」

遥か230万光年の距離にいる大星雲は、孤高の星たちだと思っていた。

「きっとさ、あたしとシューが、毎日観測してた『幽霊戦艦』も、アンドロメダ大星雲に何往復としてたのかもしれないね」
「うん」

シューは頷いた。
早く何か策を講じないと、突っ込んできた戦艦から誰か降りてくるかもしれない。タキオンエンジンを開発しているくらいだ、もしかしたら一瞬で人を殺せるレーザー銃なんていうのも、持っているかも知れない。いや、もしかしたらもう、銃なんていう形態の武器すら使っていないかも知れない。
ひたすら空間を歪ませて駆動し続けているタキオンエンジンは、このままカラ炊きし続けたらいつか爆発しそうだな、とシューは思った。思って、そして、あることを思い付く。

「エーミィ」
「あたしさ、シューの考えてること、分かったわ――廃棄される前に廃棄しちゃえ、ってことでしょう?」

さすが同一思想者だ、素敵だ。
戦艦の左舷が突っ込んでいる辺りには、『エンジェリック・アイズ』の緊急用シェルター射出レールの末端があり、それは真っ直ぐ自分たちの方に伸びている。

「タキオンエンジンに、光子エンジンを撃ち込む」

空間が歪むということはそこにかなりの圧力が生じている証拠であり、強い重力が発生していることを意味している。
つまり、タキオン粒子はかなり重い。その重いタキオン粒子に、光子エンジンの光の粒子をぶつけたら、うまくすれば超新星爆発に匹敵するエネルギーを生み出せるかもしれない。

「みいんな、消えるけどね」
「怖いならシェルターで先に脱出しろよ」
「愚かね、シュー、あたしを誰だと思って?」
「はは、ごめん」

脚が折れているシューの代わりに、エーミィは予備エンジン脱着レバーを回し、それを緊急用シェルターに結わえ付ける。
重力発生装置はとうの昔に壊れていたから、巨大なエンジンを運ぶのも、据え付けるのも、女の子一人の手で行うことができたのが幸いだった。

「エーミィ手を」
「ええ、シュー」

シェルター射出ボタンのカバーを取り外し、シューは、掌をそこへ重ねた。
シューの望みどおり、エーミィはその上に自分の掌を重ねた。

「初めて手、握ったね」
「……そう、だっけ」
「ずっと一緒の家にいたこともあったのに」
「いつ泣きやしないかと思って、ずっと見張ってたんだ」
「あら、あたしが泣いたらおかしい?」
「逆、かな」

彼女の翡翠の瞳こそ、『エンジェリック・アイズ』、無垢なる双眸に相応しいんじゃないだろうか、とシューは思うのだ。
思慮深かったり、涙を呑んだり、その美しいグリーンを深淵に沈めてしまったり。

「私なんて、途中から、シューが好きだったのよ?」
「途中って……まあ、俺も、だけど」


シューの手は、そのスイッチを押すために、掌に『フロンティア』の全てをのせていた。
「嘘、結構最初よ――」
そしてその上にぴったりと、エーミィの手が重なっていた。
だからシューはその手が払い除けられてしまうなんてこと予想してはいなかったし、同一思想者だと思っていた自分と彼女との間に、決定的な方向性の違いが生まれていたなんて、想像できもしなかった。


「あたしがするのは、酷いことかもしれない」
「達、だろ」
「ううん、あたし、よ」

はっとしてシューは、エーミィを見た。
しかしそれとほぼ同時に、シューの掌はスイッチから引き離されていた。

「あたしがするのは、大艦隊ひとつを爆破するより、酷いことなのかもしれない」
ここで初めて、シューは彼女と自分に決定的な方向性の違いが生じていたことに、気が付いた。そしてそれを考えるのが、少し遅かったことにも気が付いた。

「エゴだわ、許して」

スイッチに掛かっていない方のエーミィの手が、シューの宇宙服に、ドン、と叩くように押し出す。周りは真空だったからもちろん、衝撃音はしない。