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くらたななうみ
くらたななうみ
novelistID. 18113
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一万光年のボイジャー

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通信機能から、エーミィの嗚咽が聴こえていた。
ああ、エーミィでも泣くことがあるのか、父親の消失にも瞳を揺らさなかったのに。シューは思った。
頭の傷から血液が伝い、額や顔に幾つもの筋を描いて横切っていく。ヘルメットには図鑑で見た彼岸花のように、円状にパッパッと、血液の飛沫が散ったようにへばり付いている。

『ハックルベリー』

三度目にそう呼んだ瞬間、シューは昏倒した。意識が完全に途絶える寸前には、掴む力を失った身体が降りきっていないシャッターの間へと吸い込まれていく認識があった。だから、外へ放り出されたら、ハックルベリーの身体の一部をなるべく多く集めよう。そう、おかしくなった脳味噌で考えた。
しかしエーミィによって胴体が強く抱き留められ、その数秒後に身体を引っ張る怖ろしい圧力は止んだのだ。シューの意識が完全に闇へと墜ちたのは、その後だった。

「シュー、死なないでよ、いや、死なないで」

耳元のスピーカーからエーミィの、祈るような泣き声が絶えず響いている。
エーミィは自分を呼んでいる。
でも本当は、もう死んでしまった方に祈っているのだとシューは分かった。死んでしまった人に「死なないで」、と言って泣いている。

「死なないで、いやだ……しなないでよオオ」

回線に雑音が混じり、声が濁る。

「……シ、な……いや……い……」

混線だろうか、と身体を動かそうとしたが、腕一本動かすのに分単位で時間が掛かる。太腿かどこかの大きな骨が折れてしまったらしい。
脂汗を滝のように垂らしながら、シューは腕を動かす。その間もずっと、スピーカーからは雑音の混じったエーミィの声が――。

「?」
「……な……や……地球……いで」
「何、だ?」

あからさまに今、エーミィではない別人の声が混ざって聞こえた。何かの通信回線と本当に混線している。
やっとのことで上体を起こし、エーミィに手を伸ばそうとしたが、次の瞬間、ドスン、という衝撃に伴って身体が平衡感覚を失い、シューの身体はまた大きく吹き飛ばされる。

「幽霊、戦艦――」

いや、幽霊なんかじゃない。
見たこともない形の戦艦の、その艦首が『エンジェリックアイズ』に横から突き刺さっていて、降りていたシャッターは飴細工のようにグニャグニャのスクラップと化している。
その戦艦が突っ込んできたまさにその瞬間、混線した通信の雑音が全て晴れ、人の声が明確に、通信機器のスピーカーを通してシューの鼓膜へと届いた。おそらくそれは、その戦艦への外部からの通信だ。それがシューたちの宇宙服の受信機に傍受され、混線しているのだ。

『大至急、フロンティアの廃棄を完了させて下さい』

幽霊なんかじゃ決してない、この戦艦には、生きたもの、少なくとも限りなく人間に近そうなものが乗っている。
シューは通信の内容をに耳を疑うより先ず、その一行の台詞が地球の言葉で、しかも、癖は強いが英語であったことに愕然とした。