小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
日永ナオ(れいし)
日永ナオ(れいし)
novelistID. 15615
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ハザード

INDEX|2ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

「は?」
「うしろ」
 暗いからわからなかったが、久壱の表情はやや恐怖の色が混じっていた。『きょとん』ではなかったらしい。
 うしろ、つまり窓の方を見る。
 なまくび、うしろ、という単語と今の状況を総括すると、窓の外を生首が飛んでいてもそうそう驚かない。
「……!」
 しかしまぁ、飛んでいるのではなく、埋まっていたら驚くしかなかった。しかもすぐそこ。
 窓を覗き込むときに邪魔だと思った小道具の山に、明らかに怪しいマジシャンみたいな男の生首が埋まっていた。サングラス付き。ついでに笑顔。
「ひぃぃいい!」
「にいやああああん!」
 俺十五歳。久壱十歳。生首推定二十八歳。足してもこちらの年齢が圧倒的に下だった。推定。
 合計二十五歳はただ叫んで後ずさるしか出来なかったが、久壱は学校指定の俺のジャージをがっちりと引っ張っていた。俺は久壱の肩を揺さぶった。
「召喚されましたね。蝋燭探してくださいよ」
 時が止まるのはわりと簡単だった。
「しゃべったよ兄やん!」
 久壱によって再び時が動くのも簡単だった。
「そもそも僕は生首じゃないしね。この塔の持ち主です」
 塔?
「下が見えなかった。空は見える。暗い。窓がある。高いところだ。つまり、塔」
 そういわれてみると納得かも知れない。
「逃げようよー! 食べられるー!」
「食べません。蝋人間ですから」
 淡々と喋るマジシャンに対し、久壱が相変わらず服を引っ張っているが、俺は動かない。
「動けないだけでしょう」
 当たりだ。声も出ない。
 負けっぱなしは嫌なので、力を振り絞って、感じた疑問を投げる。
「……読めるなんでていうか考えてるの」
 日本語にならなかった。少し落ち着こう。
 落ち着く間に、生首の浪人は小物の山から抜け出していた。がしゃがしゃと小物の山が鳴る。思ったとおりのスーツ姿に、人間っぽさを見出してしまった。
「兄やんー! 兄やんー!」
「僕は浪人じゃなくて蝋人間ね。兎に角、手袋がないから蝋燭を掴めないんです。そしたらどこかへ行ってしまって。四角で自分の塔で迷子になりました」
「かくかくしかじかって言いたいのか」
「喋れるじゃないですか」
 ツッコミ不在でこのまま続けるのは少しはばかられたので。
 それはともかく、喋れたことで俺は図に乗る。とりあえず久壱の手を握って安心させて、自分も安心した。
「兄やん」
久壱も涙を拭うだけで、駄々をこねることはなくなった。相変わらず何かを訴えるように、服を引っ張り続けているのだが。
「いいから戻せよ。こんな不具合聞いたことねぇぞ。いくら世の中が不具合で満ちているからって、由伊姉の居ないところで解決しろなんて無理なんだよ!」
 這い出してきて、埃を掃っている蝋人間に、俺は怒鳴った。現代の若者はキレやすいとかなんだとか言われてるけど、否定のしようがない。
 対して、蝋人間は笑顔で受け答えした。
「蝋燭探せばいいんですよ。上の階にあります。一番大きいやつ、掴んだら帰しますよ」
「自分で行けよ」
「いいぞ久壱、もっと言え」
「兄やんも喋ってよ!」
 平然と笑顔を崩さずに他力本願なマジシャンと、内心多汗症で思考が回らない他力本願な俺。
 そりゃ久壱も怒るか。
「ちくしょ……。久壱、上行くぞ」
「行くの?!」
「こういうのは自分が動かなきゃ動いてくれないって由伊姉が言ってたんだ」
「…………」
 由伊姉はいたく俺を気に入っているらしく、嫌な予感が当たったときは、そう俺に言い聞かせてきた。
 それが正しいかどうかは、今はわからない。
 わからないが、ここで頼れるのは由伊姉じゃない。それを憶えていた自分だ。
「よろしくお願いしますね」
「お願いされるなんて願い下げだな」
 マジシャンは丁寧にお辞儀をしたが、それを最後まで見ることなく、俺は久壱の手を引いて上へ向かった。
 進む途中で立ち止まり、窓から見える空を背景にして爽やかに立ち続ける蝋人間に、眼光鋭く、最後の質問をした。
「上に向かう階段はどこだ」
「兄やん……」
 久壱の心配そうな視線が凄く痛いが、蝋人間を見つめるのは首から上だけにしておいた。真正面から向き合うほどのことでもないし、むしろ向き合った方が恥ずかしかった。
 未だに笑顔の蝋人間から、ボーリングの要領で、すっと右手が差し出される。そのまま視線を前に流すと、暗がりに今までなかった梯子が見えていた。
「…………」
 行くぞ、とも言わず、言わずとも自然に、兄弟として血を分けただけのことはある足取りで、俺と久壱は梯子に向かった。
 蝋人間の気配は、いつの間にか消えていた。塔に溶けたか。
 そんな分析もできるほど、嫌な事件に巻き込まれたつもりはないんだけど。久壱だって少しこの事態に慣れすぎやしないか。漫画の読みすぎか。
 考えながら近付いて、梯子を見上げる。
「先と後、どっちがいい」
「あ……やっぱ先」
「大丈夫か?」
「だいじょうぶない……」
 久壱が内心のわくわくを殺せないまま肩を落とした。笑顔だからどう見たって楽しんでいるようにしか見えない。
 目の前の暗がりと、梯子の小さな丸い穴と、深緑の梯子。
 先ほど、久壱に選ばせる前に、上は明るいことを確認してある。丸く滲む、橙色の光が見えた。
 恐らく。俺が推測するに、あれが蝋燭の光ではなかろうか。
 だとしたら、これはある程度入門編くらいの事件だろう。俺だけでも何とか解決できるレベル。
「気をつけろよ」
「うん」
 久壱が足を踏み外したら俺が下敷きになってしまうことを考えて、一緒に登るのではなく、一番上まで久壱を見送ってから登ることにした。
 かつ、かつ、と梯子を鳴らして、久壱は恐る恐る登っていく。時々、二、三歩離れているこちらを振り返るが、それも五段ほど登ってしまえば、上しか見なくなった。
 久壱の身長の二倍くらいの高さから梯子は天井に埋まり、そこからはわりと広めの縦穴になっている。
 やがて、久壱の姿は、天井に吸い込まれて行った。
 最初に見えていた蝋燭の光は、久壱という影で塞がれてしまって、今は見えなくなっている。
「大丈夫かー?」
「もうちょっとー」
 あの生首さえ出てこなければ落ち着いていた弟だ。火事場の馬鹿力ではないだろうが、肝が据わっている。将来大物になるかも知れない。今のうちにサインを貰っておこう。
 たん、たん、と縦穴に足音が響き、やがて消えてなくなった。
 見ていると、影がなくなり光が復活する。ふっかつのじゅもんは違ってはいなかったらしい。
「ついたよー!」
「オッケー」
 天井から聞こえる久壱の声にニッと笑って、俺も梯子に手をかける。
「勝手に遊びまわるなよ、危ないから」
「うん! 早くして! 凄い蝋燭ある!」
 やっぱり蝋燭の光だったか。久壱は興奮した声音で叫んでいる。
 大きさの予想はつかないが、あの光の強さだと、かなりの量の蝋燭に火が灯っているだろう。燃え移ったりしたら危険だ。久壱の言葉に従うわけではないが、兄として弟の安全を確保すべく、急いで登る。
 一段目は慎重に足をかけたら、その後は勢いで登る。ぐっと腕と足に力を込めて、二段、三段と足を進める。
作品名:ハザード 作家名:日永ナオ(れいし)