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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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 動かない右足。後遺症の残る頭。何もかもが恨めしくて……。
“コン”
 立て掛けていた杖で、右足を叩く。当たっている事が分かる程度で、痛みは感じない。
“コン!”
 更に叩く。微かに痛い気がする。
“コンッ!”
 叩いたところが赤くなってくる。
“コンッ!!”
 痛みを感じる事が、そのまま“回復”へ繋がる錯覚に陥る。
“ゴンッ!!”
 さっきより幾分か痛い。更に、杖を……。
「馬鹿っ!!」
 不意に杖を掴まれ、
「……シンタロ……!?」
 航は顔を上げた。
 
 
 予定通りの時間に京都に着いた。
 京都の家にかけても、航の携帯にかけても無駄だろうと思い、航の姉の携帯にかける。
『いやぁ、丁度良かったわぁ』
 姉の話だと、着く頃だろうと思って駅に向かっているという事だった。電話で指示された場所まで行くと、間もなく祖父の車がやってきて慎太郎を拾った。
「テコでも動かんかったらしゃあないけど、帰るようなら、そのまま連れて帰ってくれるか?」
 運転しながら、祖父が慎太郎に言う。
「でも、それじゃ……」
「また会うて見送るんは、辛いんやわ」
 “分かっておくれやす”と祖母が淋しそうに笑った。
「分かりました」
 頷く慎太郎に、
「これ、使てな」
 姉が封筒に入った現金を渡す。
「これ……あの……」
 戸惑う慎太郎だったが、
「迎えに来てもろて、連れてってもらうんやもの。交通費くらいは出さんとバチ当たるさかい」
 姉の笑顔に、有難く受け取った。
「今度、お盆にでも遊びに来よし。航と一緒に」
「そうやな。そういう戻り方やと心配せんでええわな」
「ほんまにねぇ」
 バスだと三十分の道のり、自家用車だとものの十分で着く。
 笑顔の三人にペコリと頭を下げ、京都の航の家へと続く路地を早足で歩き始める。
 一見、古い町並みの民家が立ち並んでいるが、どれもが“西陣織”に携わる仕事をしている“職人”の家だ。日曜日だから静かだが、平日だとあちらこちらから織機(しょっき)の音が響くのだ。路地を進むと、やがて緩やかな坂になった。そのすぐ先に航の家がある。鍵は開いていると祖父が言っていた。引き戸の玄関を開けて、そっと中へ入る。入って手前に来客用の狭い和室があり、その奥に祖父の仕事場がある。和室の脇の通路を抜けると、仕事場から人の気配。きっと、航だ。怒らないように! と深呼吸して、仕事場へと一歩踏み込み、
“コン!”
 物音に覗き込み、驚いた。
“コンッ!!”
 杖で自分の足を叩きつけている航がいたからだ。無言で杖を振り下ろす。その表情の平淡さに慎太郎が血相を変えて走り寄った。

  
「馬鹿っ!!」
 振り上げられた杖を掴み、そのまま取り上げる。
「……シンタロ……!?」
 きょとんと見上げる航。
「何やってんだ、お前は!!」
 いきなり怒鳴る羽目になってしまった慎太郎が、そのまま航の赤く腫れた足の前にしゃがみ込む。
「シンタロ?」
「動くんじゃねーぞっ!!」
 バタバタと台所へ向かい、手近にあった手ぬぐいを濡らして戻ってくる。
 腫れた足に当てられた手ぬぐいがひんやりと気持ちいい。
「シンタロ……」
 自分の前に屈み込んでいる慎太郎に、航がそっと手を伸ばした。
 色んな事をあれこれ考えていたから、きっと、この“シンタロ”は自分の都合のいい幻……。だって、慎太郎は……。
 伸ばした手が、慎太郎の頭に触れた。その感触に、航が思わず手を引く。
「……何で……居(お)るん!?」
 どこか焦点の合っていなかった航の視線が、一気に現実に引き戻されてくる。
「随分な言い草だな」
 手ぬぐいをひっくり返して、慎太郎が航を睨み上げた。
「……そやかて……」
 何かを言おうとした航の瞳にみるみる涙が浮かび上がる。
「みんなに心配かけやがって」
「そやかて、俺、携帯繋がらへんし、シンタロ、公園に居てるし。俺、俺……こんなんやから、シンタロに頼ってばっかしやし。……俺……“お荷物”やし……」
 “何言ってんだか”とばかりに、慎太郎が航の頭をコツンと叩いた。
「誰がいつ“お荷物”だなんて言ったよ?」
「だって、俺、足、こんなんやし。それに……」
「“それに”?」
「……“ここ”は一生治らへん、し……」
 そう言って自分の頭を指差す航。慎太郎が驚いて航を見詰める。
「いつ倒れるかも、いつ死んでしまうかも分からへんにゃろ?」
 言葉もなく、慎太郎が航の肩を掴んだ。
「そんなん、ちょっと調べればすぐに分かるやん」
「……お前……」
「そやから、ムリに俺に付いてんでも……」
「それ以上言ったら、殴るぞ!!」
 心と裏腹な言葉しか出てこない航のその頬を伝う涙に、慎太郎が気付く。
「誰かに言われたからお前の傍にいる訳じゃねーよ」
 “前にも言ったろ?”と笑ってみせる。
「よく分かんねーけど、お前といるのが楽なんだよ。お前とバカ話して、ギター弾いて……ってやってるのが、居心地いいんだ、俺は」
「……でも……俺……」
「“足”やら“頭”は、ただのオプションだよ」
 涙を拭う航に、“立てるか?”と慎太郎が杖を渡す。
「湿布……貼った方がいいな……」
 「救急箱は?」と訊く慎太郎に「居間」と航。ゆっくり居間へと歩き、座った航を確認した慎太郎が、湿布を探し出し、赤くなった足にあてがう。伸縮性の包帯で湿布を固定しながら、さっきの航の言葉を思い出す。
『いつ死んでしまうかも分からへん……』
 一体いつから知っていたのだろうか。そんな不安を胸にしまい込んで、どれだけの日々を平然と送っていたのだろう。航の不安そうな視線に、顔を上げる。
「二人なら、大概の事はなんとかなるもんだぜ」
 いつも母と二人の慎太郎が言う。辛い真実を知った時も木綿花と二人、乗り越えてきた。
「……うん……」
「お前、“足”とかより、その“勝手な思い込み”と“暴走”を直す方が先じゃねーの?」
 包帯を巻き終え、慎太郎が笑った。
「だって、シンタロ、ライブするから小田嶋さんとこに……」
 “ほら、それ!”と航を指差す。
「誰が言った?」
 訊き返されて航が黙り込む。
「バイトが見付かんなくて、助けてもらいに行ってたんだよ」
「……そーなん……?」
「そっ!」
 “お陰でバイトが決まりました!”と胸を張る慎太郎を前に、航はまだ疑わし気だ。そんな航の頭にポンと手を置いて、慎太郎が続ける。
「ひとりでなんて出来っこないし、ましてや、お前以外の誰かとなんて考えもつかねーよ」
 “だから、勝手に想像するな”と……。
「うん。……シンタロ……」
「あ?」
「ごめんな……」
「俺こそ。悪かった……」
 二人顔を見合わせて、エヘヘと笑い合う。
「シンタロ……」
「んー?」
「“ごめん”ついでに、ひとついい?」
「何?」
 首を傾げる慎太郎に、航が右足を指差す。
「包帯、下手くそ!」
 笑う航。その右足の包帯がゆるゆると落ちてくる。伸縮性の包帯がずり落ちるとは、慎太郎、侮り難し!!
「直しゃいいんだろ! 直しゃ!!」
「不器用!!」
  

 【慎太郎と帰ります。今度はお盆に来るから】
 祖父の機械の図案台にメモを貼り付けて、二人は京都を後にするのだった。