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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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計 画



『……ふーん……。確かに、一理あるわね……』
 隔てた壁一枚を背凭れにして、飯島家の長男と伊倉家の長女が携帯で会話中である。
「だろ?」
 同意は得られたものの、何をどうしてよいのか分からず、慎太郎が頭を掻く。
「……でも、素人考えじゃん、結局……」
『だったら、専門家に訊けばいいじゃない』
「“専門家”?」
 首を傾げる慎太郎の携帯から、
『だからね……』
 呆れたような木綿花の声が返った。

  
「俺一人でも平気やって言うてるのに……」
 “ごめんな、シンタロ”と頭を下げる航。
 二学期一番初めの土曜日。リハビリに行く航に慎太郎が同行している。いつもは祖父が同行するのだが、今日は自治会の集会と重なってしまって同行できないらしい。代わりに祖母が。とも思ったのだが、第一と第三の土曜日は婦人会なのだ。器用な祖母は、その婦人会で編み物を教えているのである。指導者が欠席する訳にはいかない……という事で、
「お願いできるかしら?」
 慎太郎に白羽の矢が立ったのだ。
  ――――――――――――
 一ヶ月前、京都から航を連れて帰った。
「航ちゃん!」
 戻って来た孫を抱きしめる祖母。
「この、バカもんがっ!!」
 怒鳴る祖父。
 その光景を見て、その場を去ろうとした慎太郎に、
「お茶、飲んでいきなさいな」
 と祖母の声。振り返る慎太郎。
「大変だったでしょう? 冷たいお茶、用意してあるから」
 驚く慎太郎の手を握り、家へと導く。
「……あの……俺……」
「本当に……。……ごめんなさいね……」
 戸惑う慎太郎に、祖母が小さな声で囁いた。
 今回は色々大変だった。だから、ほんの小さな歪なのにそれを戻す事が出来なかった。何かきっかけが必要だったのだ。祖父母にも慎太郎にも航にも……。そういう意味では、航の“早とちり”も捨てたものではなかった。
「大体、お前はだな……!!」
 慎太郎が冷たい麦茶を飲んでいる横で、航が祖父からの雷を受けている。
「……祖父ちゃん。俺も、お茶飲みたい……」
 祖父に言いながらも、視線はチラリと祖母に……。雷の重圧に耐えかねて、航が祖母に助けを求めたのだ。
「そうよね」
 クスクスと笑いながらグラスを用意する祖母。
「ほら、お祖父さんも、そんなに怒鳴ったら喉渇いたでしょう?」
 お茶に浮かぶ氷に、夕陽が反射する。
「航は一人だと際限なくデケデケとギターを弾いとるから……。慎太郎くんも、バイトの無い日にでも、付き合ってやってくれると、その……なんだ……」
「祖父ちゃん!!」
 祖父の言葉に航の顔がほころぶ。
「あくまでも、バイト優先でだな……」
「シンタロッ! 俺、七時には起きてる!」
 身を乗り出す航。
“ゴン!”
 その頭に祖父のゲンコが当たる。
「祖父ちゃん、痛い……」
「朝早くは、迷惑だと言ったろうが!」
 “全く!”と怒る祖父の向かい側で航が口を尖らせた。
「シンタロ、バイトって土日?」
 ワザとらしく頭をさすりながら、航が振り返る。
「金・土・日」
「ほな、月曜から木曜まで」
“ゴン!”
 再び、ゲンコ。
「祖父ちゃん!!」
「それじゃ、慎太郎くんの休む間がなかろう!」
 “もう!”と膨れる航と“全く!!”と呆れる祖父。
「構いませんよ、俺は」
 麦茶を飲みながら慎太郎が笑い、
「宿題だってあるんだから、午後からにしなさいな」
 空になったグラスを航から受け取り、祖母が微笑む。
「……そんなん……」
 ブツブツと呟く航。
「宿題手伝ってくれて、尚且つ、ウチに来てくれるんだったら、月木でもいいぜ」
 歩く事でなんらかの回復の手伝いになるかもしれない……。そう思った慎太郎。
「ホンマ!?」
「但し、十時以降な」
 これは、ただ単に、起きられないだけである。
「行く! 手伝うっ!!」
  ――――――――――――
 こうして過ぎた夏休み。バイト代は結構な小遣いになったし、航の足も更に感覚を取り戻してきた。
「シンタロ、俺がリハビリ室にいる間どーすんの?」
 まだ取れない杖。思うように回復しないのは、何か“邪魔”をしている物があるから……と慎太郎は思っていた。
「手伝いようがないんだろ?」
 各々、担当の介護士が付くのだ。下手すると慎太郎は邪魔になる。
「適当に時間潰すよ。……一時間、だっけ?」
「うん……」
 本館の向こうのリハビリセンターに航を見送った後、慎太郎は早足で廊下を戻った。

  
『専門家に訊けばいいじゃない』
 夏休みの終わり、小田嶋氏に言われた事が悶々と渦巻いていた慎太郎はそれを木綿花に相談した。
『だからね、一番近くにいる“専門家”。航くんの主治医の先生』
 戸惑う慎太郎に、
『一番確実よ。航くんの事情も全部知ってるんだから説明もいらないし』
 平然と言ってのける木綿花。
『航くんの病院に付添うフリして、相談してきたら?』
 “フリ”とかそういう事はテンで苦手な慎太郎。どうしたものかと思っていたところに、今回の白羽の矢。告げられたのは一昨日。その日の内に航の脳神経科主治医に連絡をとった。相談があると言う慎太郎に、主治医は驚いたようだったが、土曜日に“診察”の名目で予約をとってくれた。勿論、航には内緒である。
 向かう先は、比較的患者の少ない【メンタル科】。
 時間通りに名前を呼ばれた慎太郎が、そのドアをくぐった。
  

「で、何してたん?」
 帰りのバスの中、航が慎太郎の顔を覗き込んで訊ねた。一時間後、リハビリから戻った航を息を切らせて出迎えた慎太郎。慌てて迎えに来る程、どこで時間を潰していたのやら……。
「別に……」
 とぼけて見せるが、
「何してたん?」
 航には通じない。
「……あれだよ……」
 観念した慎太郎が仕方なしに話し出す。
「メンタルの先生に会ってさ……。色々、話してた」
「色々って?」
「なかなか治らないな……って」
 “コツン”と航が左足で杖を蹴った。
「だいぶ、動くようにはなってんけどな……」
 確かに動くようにはなった。しかし、力を伴わないので身体を支える事は出来ない。だから、杖は必要なままなのだ。
「根気がいるってさ」
「うん。分かってる……」
「焦らず、でも、なるべく早く……だな」
 “コツン、コツン”と杖を蹴り続ける航を見て、慎太郎が呟いた。
「つじつま合わへんやん」
 航が蹴るのをやめてクスクスと笑う。
「お祖父さん達を安心させたいだろーよ」
「……そやな……」
 一ヶ月で杖を一本に減らして、その次の一ヶ月で杖なしになって、秋にはライブ……。その目標がなくなった航に、目に見える覇気はない。祖父母の前では元気でも、この夏休み、慎太郎の所にいる間、時々遠い目をしていた。……今も、そうである……。
「帰り、寄ってくか?」
 あえて目を合わせず、呟くように声を掛ける。
「え?」
「ギターだけ取りにお前んち行って、そのまま俺んち」
「ええの?」
「まだ二時じゃん。どーせ母さんは仕事だし。バイトは夏休みだけだから暇っちゃ暇だし」
「行く!!」
 静かなバスの車内に、航の声が響いた。慌てて周りに頭をペコリと下げ、顔を見合わせて舌をペロッ。
「一昨日の……の新曲だけどさ」
「あれ、好き♪」
 今度は小声で額を付き合わせる。