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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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 あの日、医師からの説明を受けていた航の祖父母が戻ってくるのを母と二人で待った。何も言えない慎太郎の横で、母と祖父母の間に医師が立って色々話していた。慎太郎を拒否する祖父母、謝るしか出来ない母と慎太郎、そして、
『堀越くんには、彼が必要です』
 と、祖父母を説得するかのように懇々と説明する医師。
 結果、祖父母とは顔を合わさないのを条件に航の病室への出入りが許される事となった。
「明日っから学校だから、あんまり来れなくなるな……」
 点滴が繋がったままの腕を見て、そのまま、その手を握り締める。温かいその手は今にも握り返してきそうなのに……。
「今日の朝一で、お姉さん達も来るってさ」
 航の姉は車椅子である。その上、付添いが祖父母とあれば身動きもままならない。よって、帰省ラッシュを避けて朝一番の新幹線でこちらに向かうと、昨夜、航の姉から連絡が入った。電話を受けて驚く慎太郎に、
『慎太郎くんの所為やあらへん。むしろ、一緒に居てくれたさかい、すぐに病院へ行けたんやと、うちは思うてるんえ』
 電話の声は優しかった。
『あの子が自分で選んだ友達やもの、うちかて信頼してるのえ。お祖父ちゃんらには、うちからちゃんと話すさかい、もう少し待っとってな』
 一言ずつ返事を返すのがやっとという慎太郎に、
『心配せんでも、じきに目ぇ覚ますと思うわ』
 そう告げると、“ほな、そっちで会おな”と電話が切れた。
「俺は、ここにいてもいいのか?」
 眠っている顔が……頷いたように見えて、寝顔に微笑み返す。
「……っと、どこからだっけ……?」
 航が入院した次の日から、慎太郎はずっと語りかけていた。音楽室で出会った事、一緒に京都へ墓参りへ行った事、危篤に陥った姉を呼び戻して航自身が倒れてしまった事、犬と雨と交通事故……航の声が戻った事、クリスマスプレゼント、慎太郎の二度の入試、卒業式……。二年前の秋から今までの事、全部。
「……あ、そっか……」
 昨日はこの連休の前半の話で終わった。だから、今日は……。
「今日は、ストリート当日だ。あの日、目覚ましより早く目ぇ覚めて……」
 “小学生の遠足当日並だよな”と笑う。
「母さんを起こさないように……って思ってそーっとリビング行ったら、既に母さんが起きてて“朝ご飯は食べてから行きなさい”って。で、飯食って、お前んち行って、その日にやる曲を譜面見ないで何回か通して……。そうそう! 曲の合間の挨拶とかをどうする? って話になったんだ。俺が“お前、やれよ”って言ったら、お前、“俺の方が難しいとこ演奏するんやから”って俺に押し付けたんだよな」
 ベッドの顔を見て、そのまま続ける。
「今になって考えてみれば、お前は演奏が大変かもしんねーけど、歌ってるとこは俺のが多いじゃん? 今度からは公平にジャンケンで決めようぜ」
 口から出た“今度”という言葉に胸が痛んだ。
「……そいで、お前んちで昼ご馳走になって、バス乗って、電車乗って……。緊張してきて段々話をしなくなって……。公園着いて、お前が“心臓、吐きそうや”って溜息ついて。俺も、心臓吐きそうだったから“やめてもいいぞ”って言ったんだけど、お前“やる!”って断言したよな。それで、俺も踏ん切りついた。踏ん切りついて張り切って二人で決めた場所に行ったら、先客がいて……。近くのベンチに座って様子見てて、ギャラリーのシビアさにお前、目が笑ってなかった。って、多分、俺もだな……」
 ここから先は、慎太郎自身も記憶が薄い。必死に思い出しながら、ゆっくりと言葉を繋いでいく。
「決めた通り、最初は“秋桜の丘”でチューニングの確認兼ねて音を合わせながら弾いてって……そのまま、“十七歳”に入って。……俺、もの凄ぇ声震えてて、途中で出なくなるかと思ったくらいで。でも、途中からお前の声が聴こえて、ちょっと落ち着いて……」
 それでも、怖くて、目が開けられなかった。航を振り返る事が出来なかった。その後悔に胸が締め付けられる。
「並んで歌ったんだよな、俺等。俺の右にお前でさ」
 ……“歌って”……。
 ふと、航の声がした気がして、目を見張る。
「“十七歳”から?」
 航の手を握り直す。
「病室だから、超小声な」
 顔を少し航に近づけて、
  
  ♪ 隣にいた筈の……
  
 囁くように小さな声で慎太郎が歌いだす。あたかも航の伴奏で歌っているかのように、握り締めた航の手から伝わる鼓動に合わせて、静かに優しく……。
  
  ♪ ……胸の奥に ずっと……
  
「……歌い終わって、初めて目開けた。実は、二曲、ずっと目瞑ったままだったんだ。で、開けてビックリした。ギャラリーが何人もいたから。あいさつなんて、何言ったか覚えてない。なんか、言い終わった直後に次の曲のイントロが始まった気がする。……もしかして、お前、超キンチョーしてた? “十七歳”の後は……」
 ストリートで歌った歌を順に歌っていく慎太郎。歌い始めて三十分もしない内に、全曲歌い終えた。
「二人で組んだ曲目全部終わって、頭下げて、終わったと思ってたのに拍手が止まなくて誰も動かなくて、どうしようと思ってお前の方を見ようとした時、木綿花の声がした。覚えてっか? “『Graduation』! 歌って!!”って声。あれ、やっぱ、木綿花だったよ。今度、連れてくる。あいつ、自分のリクエストの所為でお前が倒れたって言って、ずっと泣いてるから、お前から“違う”って言ってやってくれよ」
 “悪いのは、俺だから……”の言葉を飲み込み、また手を握り直し最後の思い出を語り続ける。
「リクエストの声にびっくりして、“どうする?”って訊こうとお前を見たら、お前、笑って弾き始めたから、俺、慌てて後追って……」
 最後の曲、『Graduation』。本当は航が歌う歌。でも、今は、眠っている航の代わりに慎太郎が歌いだす。
  
  ♪ 振り返れば いつも 教室(そこ)に……
  
 歌いながら航の顔に今までの事が重なっていく。
  
  ♪ 並んで過ごした日々は 消えること無く この胸に……
  
 初めての秋、京都の冬、春の病院、夏の図書館、音楽室、公園の人だかり、卒業式、入学式、吟遊の木立、ストリートライブ……。
 歌う慎太郎の手が小さく震えていく。そして……。
  ―――――――――――――――
 隣で慎太郎の声がする。慎太郎が歌っている。曲は“十七歳”。
『あれ? ストリート、終わってへんかったっけ?』
 隣を見ると、慎太郎はギターを持っていないのに、何処からかギターの音もする。囁くような慎太郎の声に合わせて、小さなギターの音が遠くから聴こえてくる。
『シンタロ、ギター、どこから……?』
 見当たらないギターに航が首を傾げると、慎太郎が遠くを指差した。
『あっち?』
 行こうとする航。その手を慎太郎が握っている事に気付く。
『……シンタロ……』
 握り締められた手を見て、
『わかった』
 航が頷いた。
『俺は、ここに居(お)らなあかんねんな。シンタロと一緒に……』
 そう言って航がその手を握り返した時、ギターの音が一気に近付いた。ハッとして音の方を見る。慎太郎とは反対の隣から、誰かが航の頭を撫でた。
『……父ちゃん……』