小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

INDEX|9ページ/46ページ|

次のページ前のページ
 

禁止令


  
  
「……航……」
 夕方の病室。ピクリとも動かない航の手を握り、慎太郎の肩が震えていた。
  ―――――――――――――――
 駅に到着した電車。動かない航。
「航! ……航!?」
 とりあえず下車しなければと航のギターケースを肩に掛け、航を抱き上げようと屈むが、幾ら小柄だといえ流石に同い年の男子は持ち上がらない。運びあぐねていると、航を挟んで向かい側に屈み込む影が目に入った。驚いて顔を上げる慎太郎に、
「足、持つよ」
 見覚えのある少年が声を掛けてきた。
「あ、ありがと」
 航の脇に手をいれ上半身を慎太郎、足元をその少年が持ち上げ、急いで下車する。
「原因は……分かる?」
 ホームにそっと航を置き、少年が慎太郎を見て言った。
「……多分、頭……」
 慎太郎が自分の頭を指差し答える。
「動かさない方がいいね……」
 言ったかと思うと、携帯を取り出しダイヤルする。
「……あの……」
 声を掛ける慎太郎を片手で制し、
「はい、救急車、お願いします……」
 実に手際よく、救急車の手配を済ませる。
「この間も、倒れてたよね」
 訊かれて、思い出す。初めてストリートライブを見に行った時、頭を抱え込んでしまった航に手を差し出してくれた、あの少年だ。
「病気?」
 心配そうに航と慎太郎を見比べる。
「……みたいなもん。……だけど……」
 航の手を握り締める慎太郎に、
「意識を失ったのは、初めて?」
 少年が首を傾げ、慎太郎が頷く。一度、病院で倒れた事はあるが、外では……ましてや、二人きりの時は初めてだ。
「どうしました!?」
「友人が倒れてしまって……。今、119番しましたから」
 動転して、言葉もロクに返せない慎太郎の代わりに、少年が駆けつけた駅員と話をしている。有難いと思いつつも、航の事で頭がいっぱいでお礼の言葉が浮かばない。きっと原因は“頭”だ。だから身体を揺する事は出来ず、ただ声を掛ける事だけが慎太郎に出来る精一杯だった。慎太郎の心情を察してか、少年もそれ以上は何も言わず隣に屈み込んでいる。
 やがて、救急車が到着し、改札が騒がしくなる。
「……ついて行こうか……?」
 航に付添う慎太郎の肩を叩いて、少年が心配そうに言った。
「いや……大丈夫だから……」
 これ以上迷惑をかける訳にはいかないと慎太郎が首を振る。
「でも、ありがとう。助かった」
 少年に頭を下げ、慎太郎は航の後を追い救急車に乗り込んだ。
  

 救急車の中で救命士が受入れ可能な病院を探している。
「あの……」
 少し落ち着きを取り戻した慎太郎が声をあげ、救命士が振り返った。
「あの……。『中央大学付属病院』へ行ってもらえますか?」
 救急指定病院ではないかもしれない。しかし、そこには航の担当医がいる。
「『中央大学付属病院』?」
「はい。こいつの担当の先生がいる病院なんです。……ダメですか?」
「先生のお名前は、分かりますか?」
 問われて慎太郎が名を告げると、救命士は急いで電話を回し、病院へと向かった。
  

 病院へ到着すると、航はすぐさま検査室へと運ばれた。救急受付には、担当医の姿があった。
「状況は連絡を受けているから、安心しなさい。堀越くんのお祖父さん達にも、私から連絡をしておいたから」
 担当医の言葉に慎太郎が頷く。
「先生……、俺……」
 心配そうな慎太郎の顔に、担当医がポンと肩を叩いた。
「君の所為じゃないよ。あの子は……」
 言いかけて、担当医が微笑む。
「もう少しで検査が終わるから、そうしたら、堀越くんについていてあげなさい」
 頷く慎太郎。向こうから看護婦が駆け寄り、担当医は検査室の方へと姿を消すのだった。
 ――― それから間もなく、航の祖父母が到着した。
「俺、付いてたのに……」
 何度も何度も謝る慎太郎に、祖父母は何も言ってはくれなかった。大事故から生きて戻ってきた孫が倒れたのだ。当たり前だと言えば当たり前である。検査の写真が出来たといって担当医から呼び出しが掛かり、祖父母が呼ばれた部屋へ向かった時、慎太郎は動けないでいた。担当医の指示通り病室へと運ばれた航についている事すら気が引けたのだ。泣く事さえ出来ずに廊下に立っている慎太郎に、
「飯島くん!」
 担当医が直接声を掛けてきた。
「“堀越くんのそばに”って言ったろう?」
「……でも……。俺……」
 今にも泣き出しそうな慎太郎の肩に医師が手を置く。
「あの子は、君を待ってるよ。きっと……」
 担当医に導かれ、慎太郎は航の病室へと足を踏み入れるのだった。
  ―――――――――――――――
 小さい時に“泣かない”と心に決めた。泣いていいのは、三回だけ。“親友が死んだ時”“大切な人が死んだ時”“家族が死んだ時”。それ以外では、どんな事があっても涙は流さないと、土手の上で見た一番星に誓った。
「……航……」
 動かない手を握りながら、以前の航を思い出す。
 意識のない姉の手を握り締めていた、一年前の航。強く握れば想いが届くかの様に、両手で握り締めていた……。
 そして、今、自分も同じ事をしている事に気付く。呼びかけていれば、この声は届くだろうか。何事も無かったかのように目を開けてくれるだろうか。想う手に力が入る。
 ただ眠っているだけのような顔に、今日の出来事が猛スピードで重なっていく。
 家を出てバスに乗って電車に乗り継いで、公園に入って……。
『心臓、吐きそうや』
 苦笑いの航が過(よ)ぎる。
 あの後、先客の演奏を見て、現実を目の当たりにしてビビって……。
「……あれ……?」
 震える足、震える手……。
 辿る記憶に航の笑顔を探してみる、が……。
「……俺……何してた……?」
 震えているのは自分の足。自分の手。ギャラリーの顔と、遠くで聞こえる航の声。何度記憶を辿っても、思い出すのは同じ風景……。初めてのストリートライブ。自分の事で精一杯で、航の事にまで気が回らなかったのだ。
『シンタロ居てるさかい、大丈夫!』
 そう言って笑ってた航。それなのに……。
「……バカだ、俺……」
 頭痛でうずくまった航を見て、何日もかけて慣らしてきたのはこんな事にならない為だった筈だ。“一緒にいれば平気”と言われて、木綿花からのレポートを読み直して、ちゃんと見ていてやるんだと思った……思ってた筈なのに、いざ始まってみると自分の事にいっぱいいっぱいで、航と目を合わせたのは一度だけ。最後の一曲の時だけだった。歌っている間、きっと、航は自分に助けを求めていた、そう思うといたたまれなかった。そればかりか、一度も振り返る事がなかった自分に後悔と苛立ちが募る。
「……ごめん……航……」
 この声が聞こえたなら、お願いだから、瞳を開けてくれ! と、握り返される事のない手を更に強く握り締めた。
 ――― 病室に、慎太郎の母親が駆けつけてきていた。

  
「今日もいい天気だぞ」
 眠ったままの航のベッドの脇に腰掛けて、慎太郎が呟く。
 航が意識を失って三日が経っていた。