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こがみ ももか
こがみ ももか
novelistID. 2182
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眼鏡星人生態調査報告手記

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耳元で君の抜けた低音がするたび、私は生真面目一辺倒でやってきた自分がかわいそうになるから、どうか君も現地住民との電話以外でも真面目になってくれ。
『あの、家にそちらの現地研究員の原間さんとおっしゃる方がいらしたのですが』
『はい、原間ですね。確かに当ASTの調査員です。識別番号はtbrks56、男性。私は通信員の舘、識別番号はskmnds72、同じく男性です。ああ、声でおわかりですよね。当方、この広い宇宙の星一つ一つを回って、その実態調査をしております。星の数は膨大であり、ゆえに原間以外にも多くの調査員が在籍しております。こちら本部通信室は彼らとの連絡を取るための機関です。ちなみに識別番号は、データにしたときの利便性ってやつですね』
『どうして、調査なんて』
『宇宙は広いのです。ですからいざ、親交を持とうとしても困難な場合が多いでしょう。そんなときに備えて我々ASTが星々における住民の特性、星の政治形態などを調査、まとめてデータとして蓄積しておきたいのです。もし要請があった場合、審査の上これを開示致します』
『では本部というのは?』
『はい、私のおりますのが本部通信室ですが、先ほど説明しましたね。本部というのは、つまり調査員から送られてくる報告書をデータとして信頼できるかを査定し、整合性を認められれば本部員によってデータとして打ち込む部署になります。それとあとはまあ、人事やら星の選定やら、組織運営上不可欠な業務も本部の管轄です』
『本部があるということは支部が?』
『二箇所ですが、ございます。こちらは調査員の途次の中継地点で、宿泊施設のようなものです。通信室もあるのですが、一応の設置ということで、機能しているのは私どものおります、本部のみと申し上げても差し支えございません』
本部通信室では、『調査依頼時対応マニュアル』というものが各人に配られている。そこにこういう、質問にどう答えればいいかがずらっと並んでいるのだ。舘、君は不真面目なくせにこれだけは暗記しているのだな。君の口がつるつる動くのは口説き文句を吐くときと、このマニュアル関連のときだけだろう。怒られてしどろもどろになっていいのはせいぜい、二十歳未満までだと思うが、どうだ。
ふうっとため息をついて、用心深い女の声に聞き入る。この時間、私は暇だ。彼女のように不信感が大きければ大きいほど、その後私が有利になる。マイナスからプラスへの跳ね上がり方は、凄まじい。
『それでその、研究所はどこにあるんですか?』
『我々が本部と呼んでいるのが公の名称になっている研究所を指しておりまして、場所はそちらからですと相当、遠いですね。昨今ワープ技術の発展が素晴らしい、というのはご存知ですよね』
『ええ、今まで二年かかっていた距離を半年で行かれるんですよね』
『そうです。そのワープ技術を使用して、こちらまで約五年というところです』
『そんなに遠くから……』
『これで、あらかたお話を終えたのですが、ご信頼いただけましたでしょうか? なにせ五年もかかるのですから、事実無根では時間をかける意味がないのもよくおわかりかと思います。旅行に往復十年もかける者は早々おりませんし』
『はい、実在していて、きちんとしたお役目があるのはわかりました。大変なんですね……それで、最後なんですが』
『なんでしょう?』
『責任者の方とお話できますか? 熱心にお話していただいたのにごめんなさい、決め手が欲しいんです』
『承知いたしました。お気になさらず、少々お待ちくださいませ』
舘が、受話器を他の通信員に渡したらしい。おそらく、室長。
『どうもー、お電話変わりました本部通信室、室長の鬼崎と申すもんです。あ、識別番号ね、そうそう、えーっとなんだっけなあ。え? なに舘ちゃん、ああはいはい、ありがとね。識別番号はkrrtyb14ね、よろしくどうぞ』
『はあ、よろしくお願いします……えっと、あのう、室長さんは、どういったお仕事を?』
女の声が明らかに不審そうなものに戻ってしまった。それでもそこまで心配はしていない。室長には、室長たるゆえんがあるのだ。
『僕はあれです、通信室の管理、です。どこの星からどの調査員の報告が来てて、それを誰がどう処理してるのか、全部覚えてますから。いやあ、みーんなに首を傾げられるんですけどこんなてろんとしてても、室長なんですよねえ。いやいや、世の中うまくできてるねえ。あ、舘ちゃん、みっちゃんとこにあれ、そうそう、あのちっちゃい星の報告がそろそろ……あ、来た? よかったよかった。あの子は期日守るからいいよねえ……おっとすみません、分刻みで報告書が上がってくるもので』
『いいえ、とんでもありません。私こそお仕事の邪魔して、ごめんなさい。もう疑ったりしません。室長さんはすごいんですね』
『邪魔じゃないですよー、お気遣いどうも。最近あんまり褒められないんでねえ、嬉しいですわ。んじゃ、舘ちゃんに代わりますから』
『舘です。いかがでしょう、まだ証拠を提示したほうがよろしいですか』
『いいえ、大丈夫です。私でよければみなさんに貢献させていただきますね』 
『ありがとうございます。では、よろしければ原間を中に入れてやってくださいませ。お手数をおかけ致します』
『はい、わかりました。失礼します』
電話が切れると同時にドアが開いた。傍受器をさっと鞄にしまう。中から出て来たのは黄緑色の細いフレームの眼鏡の女だった。肩までの真っ直ぐな黒髪と、額を隠す前髪に重たい印象を与えられた。表情は暗くないが、明るくもない。いかにも真面目そうな、しゃんとした女である。
彼女は私を家内に招き入れ、リビングのソファを勧めた。改めて私を見ると、ひどく驚いた顔をする。
「私は雪見と申します。あの、原間さん……は、眼鏡はどうなさったんですか?」
「眼鏡を持って生まれてこれるのはこの星だけなのですよ」
ここぞとばかりに私はこの星の特異性をとうとうと語った。調査内容に間違いがないか、現地人に判断して貰うことも重要である。さらにこの手は、我々への信頼にも繋がるだろう。いきなり無知の異星人が現れ、調査だのなんだのと言い募っても理解されるはずもない。
ひとしきり話し終わると、彼女は感心したように何度も頷いた。
「眼鏡のことも驚きましたが、本当に熱心に調べてらっしゃるんですね。私が改めてお話しすることなんて……」
「いいえ、たくさんありますよ」
「たくさん?」
優しく微笑むというのは、私にとって赤子の手を捻るより簡単なことである。毎度毎度出先でにこにこしていればなんのことはなく身に付く技術だった。ただの微笑ではなく、懐柔を狙う、気の置けない空気を作るそれである。
現地調査員養成学校でもにこにこにっこりする訓練は受けたが、やはり本物は実地で体得するよりほかない。鬼のような形相の教官相手に笑顔などというのは無理な話だ。
レンズの奥、切れ長の雪見の瞳を正視した
「あなたのことを。私が自ら調査できるのは風土や歴史くらいなものです。現地の方の暮らしはとてもわからない。ですから、あなたのことを、あなたの今までを私に教えていただけますか。私はあなたのことが知りたい」
雪見は面食らったが、やがて目を瞬かせ、真っ赤になって首を縦に振った。