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こがみ ももか
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眼鏡星人生態調査報告手記

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眼鏡星人生態調査報告日誌
実地派遣調査員 原間 誠


惑星識別番号  一〇一〇一 (便宜上呼称惑星名 顔神経細胞眼鏡化星)
調査員識別記号 tbrks56・m (担当通信室員識別記号 skmnds72・m)
在任期間 現地到着より三年から五年(※調査結果達成度による変動目測)


本部出立より数日、惑星内目標地に無事到着。時刻は現地時間早朝八時過ぎ、本部時間に換算すると午後一時か二時頃である。これより、本日中の見聞による所見報告を記し、送付する。
以下、報告である。一言多いのは毎度のように、許して欲しい。
星自体が広くないせいか、州とか村とか、細かい区分がないようだ。大きな街がどんと居を構えている、そんな風に表せばいいだろうか。しかしながらはっきりと都心、郊外、緑地には分かれている。住宅の割合は後者にいくに連れて減ってはいるが、緑地にも農耕民の住居が見受けられた。都心にはビルが林立し、ひどく無機質である。
事前調査の通り、この星の人々は全員眼鏡をかけている。意図的ではなく、彼らにとってそれは必然であり、自然な姿なのだ。出生時にはすでに眼鏡は完全にその形を成しており、世界をクリアにする役割を果たしている。これはもともと極度の弱視だった彼らの種がその視力を補おうとしてなされた進化の結果である。顔の細胞が突然変異を起こし、視力補正の助けになるもの――つまり眼鏡を、神経の塊として作り上げたのだという。そういうわけで血は通っていないが、緻密な神経がむき出しになっているため大変過敏なのだ。触れると、危ない。
彼らにとっての眼鏡は我々の思う道具のそれではなく、眼鏡という、身体の器官なのだ。
十人十色、同じ人間はいないと言うが、同じく眼鏡も十人十色、同じ眼鏡は一つとして見かけなかった。当星では「名は体を表す」もとい、「眼鏡は体を表す」である。たとえばどんよりした、ブラックホール然とした沈んだ色の眼鏡をかけているのがうら若い少女だったり、薄桃色の桜と見紛うような可憐な眼鏡をかけているのが筋肉隆々、訊くまでもなく格闘技を仕事にしていますというような屈強な男だったりもするのだ。外見は愛らしい、本質はひどく屈折している。外見は恐ろしく、本質は優しく、たおやか。人の矛盾というものが、この星ではよく見て取れる。
それから、新たな発見があったため記述する。彼らの眼鏡は曇らないし、濡れない。どうやら撥水効果すらも持ち合わせているらしいのだ。着陸地で最大の公園にいた路上生活者が顔を洗っているところに偶然遭遇し判明したなのだが、素直に感動してしまった。弱視を補うために顔の細胞が変異し、しかもその進化は不自由を持たないのである。実に見事な、完璧な進化である。
ところで前述の状況から歴然ではあるが、こちらでは眼鏡をかけていないのは国家認定の重度障害者で、手厚く保護されるものらしい。というわけで生まれてこの方視力二.〇から動いたことのない私は住民たちに次々に声をかけられた。
「大丈夫? 義眼鏡はどうしたの? 度を変えているの、大変ね。早く補正されるといいね。眼鏡は身体の一部なのに」
義眼鏡というのは、義足や義手と同じようなもので、重度障害者に国から支給される品である。レンズの度は他星人がかけると途端に卒倒しそうなほど強烈なのは、事前に採取したサンプルからも明白だろう。極度の弱視というよりは、ほぼ盲目といったほうが正しいのかもしれない。実際、どんな具合かと覗かせてもらったが、案の定世界が歪むどころか崩壊して見えた。まこと、やりすぎというのは身体によくない。
面倒なので、眼鏡をかけることにした。黒いスーツに黒い靴という出で立ちでさらに黒縁眼鏡をかけるとお葬式になってしまう。個人的な意見だが、派手な色は苦手である。しかし調査に個人的感情を挟むのは後ろめたく、折衷案で暗いオレンジ色の眼鏡を選んだ。この仕事をしていると、たまに私情なのかそうでないのか曖昧になって、困る。
さて今回の特定対象人物の選定だが、緑地と郊外の合間、小さな一軒家に住む女にという指示がそちらよりあったため、手間取らなかった。いつもこうしてくれるよう、頼んでおいて欲しい。
以降、彼女とのやり取りも、記録として書いておく。
ドアをノックすると、誰何の声がする。落ち着いた、仕事人間然とした声である。まず、合格。対象は訪問販売員のような格好をしている私を易々迎え入れるような、無用心な人物ではいけないのだ。彼女と私はドアスコープ越しに見つめあった。眼鏡は外している。
「怪しい者ではございません」
怪しい者しか言わない台詞を調査で口にするたび、笑顔が崩れそうになる。しかし、きちんとした身分があるのだから発言に虚はない。
「私、『全宇宙生態研究所』通称『AST』から参りました、現地調査員の原間と申します。少々、お話をお伺いしたいのですが」
「そんな研究所、聞いたこともありません。怪しいです、あなた」
「お疑いになるお気持ちも充分わかります。なんせ我々、この星より遠い遠い星から参りましたよそ者ですから、仕方がありません。もし有名なら政府のほうに要人として招待されているはずですから、はい」
「それはそうですけど……でもそんな、全身真っ黒くて、怪しいです」
「これは制服と言いますか、規定なもので。不安にさせてしまって大変申し訳ございません。あのですね、名刺があるんです」
なにを、どうやってもこんな風に怪しまれるのだ。向こうが構えているならこちらも周到になっている。これまでの経験はすぐに活かす、本部のその故習に囚われない方針が好きだ。
ドアの隙間から名刺を差し入れた。扉が薄いので、届くはずである。ちょっと訝しんだあと、彼女が名刺を受け取ってくれた気配があった。
「えっと……『ALL・SPACE・LABORATRY(AST)』、現地調査員原間……これは本当の本当に、本当ですか?」
「事実です。そこに電話番号が書いてありますよね。ちょっと、おかけになってみてください。本部通信室に繋がりますから。宇宙回線を引いていなくても電話がかかる、特殊仕様です」
「……特殊仕様」
「そうです。我々の星は技術力で財を成しておりまして、まあそういう回線とか電波なんとかっていうのが得意なんです。まあ私はいっぱしの調査員ですので、詳しいことは」
「あの、少々お待ちください。かけてみますから」
「ありがとうございます」
名刺効果はなかなかいい。やはり、物的証拠がないと確固たる信頼を得るのは困難である。電話をかけさせればいいと言い出したのは確か通信室の若い奴だったが、今にしてみれば名案だった。名刺・電話作戦のない頃はどのように調査以来をしていたのか、既に忘れてしまっている。
イヤホンを方耳に着け、通信室の電波傍器にそれを接続した。ダイヤルを合わせると彼女と聞き慣れた通信員の声が聞こえてくる。正直、私の担当通信員が真面目に仕事をしているのは本部確認のこの時だけだと思う。あとは適当に調査員と連絡を取り、報告書を適当に上へ流すだけだ。丸きり私信だが、君はもっと真面目に生きたほうがいい。
『はい、AST本部通信室です』