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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(4・完結編)

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 泣き続けた。喉が潰れて声が出なくなるほどに。だけど、言葉を届けたい人がいないなら、声なんか要らない。泣きすぎて目が痛い。だけどこのまま失明しても構わないと思った。見ていたい人がいないなら、視力だって要らない。
 何も要らない。フィズさえいてくれれば、それでよかったのに。
 もっと早く、家に帰り着ければ良かった。
 それとも、今すぐこの命を差し出してでも、フィズを生き返らせてもらうか?
 フィズが望むなら、いくらだってそうしただろう。フィズがいない世界に、生きていたくなんかない。一年前の僕なら、その選択肢を迷わず取っていただろう。
 だけど、今はそれはできない。フィズがそんなこと許してくれるわけがないことを、知っているから。そしてきっとまた、フィズは自分の命を削って、僕を生き返らせようとするだろう。もう魔力が底をついていて、できないかもしれないけれど。だけど生命力をすべて渡してしまった僕を蘇生させることはできないはずだ。そして結果は、僕もフィズもふたりとも生き絶えるだけ。そもそも、寿命を使い切って死んだ相手を生き返らせることはできないのだと生命力を失って抜け殻になったシフト氏を前にフィズは言っていた。老衰のように命を使い切って死んでいったフィズを、蘇生させることはできないだろう。
 こんなに、綺麗なのに。死臭もないし、腐り落ちてもいない。大きな傷跡ひとつないのに、生きてはいない。
 フィズの名前を叫んだ。だけど、それは名前にならない。声は途切れて、ほとんどそれはただの悲鳴だった。
 多くは望まない。生活が苦しくたっていい。他の何も得られなくても、一生を流浪の中で終えるとしても構わない。
 たったひとつしか、いらないのに。
 それだけで、いいのに。
 フィズは、僕がいる場所が帰りたい場所なんだと言ってくれた。
 僕もそうだ。フィズさえいてくれるなら、たとえそれがどこであろうと、僕にとっては楽園なんだ。
 たった、それだけだ。それ以上は何も望まない。
 泣き続けた。叫び続けた。ただただ、フィズの名前を呼んだ。返事がないのはわかっていた。届いてはいないことも。
 どれぐらい時間が経ったのだろう。窓から見える空が白み始めていた。喉が痛い。背中も、手足も。咳がひとつ出る。布団も被らずに、フィズを腕に抱いたまま、床に倒れこんでいた。
 涸れ果てたのか、涙はもう止まっていた。叫び声を出せないほどに、喉は嗄れていた。
 こんな姿を見てたら、フィズはどう思うんだろうな。怒るかな。泣きながら、顔を真っ赤にして本気で怒っているフィズの顔が浮かんだ。
 それか、呆れるかな。こんなに、情けない僕を。フィズの為に、何もできない僕を。
 悲しむかな。
 少なくとも、喜びはしないだろうな。
 もう、フィズはいない。僕がどんな様子かなんて、見てはいない。だけどそれでも、これで、いいのかな。
 フィズが好きだと言ってくれた僕が、これで、いいのかな。
 急に、思考と感情がすっと、落ち着いていった。
 誰に見られているわけでもない。だけど、ただ取り乱して、泣いて叫んでいることが、恥ずかしくなった。
 他の誰でもない、僕に対して。
 フィズが愛してくれた僕に対して、今の僕があまりにもみっともなく思えたんだ。落ち着いたからって、状況が変わるわけではないけれど。
 何か、できることはないか。それがどんなに無駄な足掻きだったとしても。
 ただ、この場所に留まって泣き喚いているよりは、ずっといいはずだ。
 諦めて、この身が朽ちるのを待つのには、まだ試していないことがひとつだけあるだろ。
 どう考えても万事が上手くいくような気はしない選択だけれど。どうせ絶望するしかないなら、試してから絶望したっていいはずだ。少なくとも、フィズが好きでいてくれた僕なら、そうすると思う。
 僕はフィズをベッドに寝かせて、部屋に戻った。荒れ果てた部屋の机の引き出しを開ける。どうか、残っていますように。
 出立のときに持っていかないものを適当に放り出して行ったのを後悔した。思いのほか荷物が積みあがっていて、見つからない。気が急く。慌てても、多分そんなに変わらないのに。
 堆く積みあがった物をどけ、引き出しの中を探した。僕の部屋が荒らされたことは間違いない。あれの価値に気付いていなければ、あんなものただのがらくただ。盗まれるとは思えない。
 物の詰まった引き出しの中、あのときイスクさんにもらった回路を探す。魔法鉱石はまだまだ予備がある。あれと、呪文の書いたカンペさえあればいい。
 引き出しを塞いでいた工具をどけた。あった。自分で練習用に作った回路に混じって、明らかに僕の手によらないものがあった。こんなに入り組んだ回路は、まだ、僕には組めるものではない。イスクさんの様子を見るに、あの人にとってはいとも簡単に作れてしまう程度のものらしいけれども。
 貼り付けておいたメモも無事だった。はやる気持ちを抑えて、それを取り出した。破損している箇所はない。大丈夫だ、使える。
 早速鞄の中から結局旅の間使うことのなかった魔法鉱石を取り出して、嵌めて詠唱を行おうとして、ふと、一応ファルエラさんを呼び出すときには屋外のほうが良いのだろうかと思い立った。
 上着をもう一度引っ掛けて、フィズの部屋に向かう。フィズはさっきと変わらず、ベッドの上で眠るようにして、しかし目を覚ますことはない。
 その姿を改めて目にして、また涙が出そうになる。だけど、泣いている場合じゃない。
 泣くのは、やれることをすべてやって、駄目だったときでいいんだ。
 フィズを抱き上げて、転ばないように気をつけながら、部屋を出る。以前とは比べ物にならないほど軽い、フィズの身体からはとうに体温が失われ、ひたすらに冷たい。けれど、やっぱり綺麗だった。
 外に出ると、朝方だからかもしれないけれど、昨日よりもがくんと空気が冷え込んでいた。今日辺り、初雪が降るかもしれない。空にぼんやりかかった灰色の雲も、それを予感させた。
 冬の訪れを、長い長い、白に閉ざされた季節の始まりを。僕らが、一番長く見てきた風景へ、これからこの街は変わっていく。
 吐く息は白かった。だけど、あの日ほどじゃない。
 多分、僕が初めて、自分で動かなければ、すべてを失ってしまう可能性に気付いてしまったあの日。
 あの時は、まだ絶望してはいなかった。まだ、なくしてしまう前だったから。
 あの時よりも状況は悪い。だけど、まだ僕は諦めてはいない。思いつく可能性が、まだあるから。
 庭先で回路を起動しようとして、その手を止めた。なんとなく、あの場所に行きたかった。
 元々それほどゲンを担ぐようなタイプではない。運が良い悪いだとかも、あまり考えたことはない。だけど、他にできることも思い当たらない今、縁起のひとつも担いでおこうとなんとなく思ったのだ。
 フィズを抱えたまま、僕はあの場所に向かった。あの冬の日、ファルエラさんと対峙したところへ。
 幸いあの日と違ってまだ足元は土と石だ。多少バランスが悪くても足を滑らせることはない。
 冷たい風が、頭を急速に覚まさせていく。思考は、それなりには冴えている。できるだけのことは、やろう。