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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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 じーちゃんに促されて、便箋を開いた。フィズのあまり上手とは言えない、走り書きの字。文章は何度も校正したのか、あちこちに塗りつぶしたり二重線を引いた跡が残っていた。
 一文字一文字、フィズの字を追う。
『サザへ。いままで一緒にいられて、楽しかったよ、本当にありがとう』
 なんで、過去形なんだよ。これからも、ずっと一緒にいたいのに。
 その次の一行は、相当迷ったのか、何度も何度も手を加えた跡があった。
『サザがいてくれて、本当に良かった。こうやって書くのは恥ずかしいけど、私は小さい頃、自分が要らない子だから捨てられてばーちゃんのところにもらわれたんだと思ってた。自分が要らない子じゃないって思えるようになったのは、サザがいてくれるようになってからだよ』
 心臓が、止まるかと思った。続きを、急いで目で追いかける。
『サザが懐いてくれて、私はすごく嬉しかった。誰かに必要としてもらうことが、こんなに幸せなことだなんて、知らなかったよ。だから私は、サザのお姉ちゃんで在り続けようとした。それでずっとサザが私の後についてきてくれればいいと思ってた。
 だから、最近急にサザが見た目も中身も大人っぽくなってるのは嬉しいけど、少しだけ寂しかった。今の私には友達もいるし、家族も増えたし、もう要らない子だなんて思わなかったけど、でもサザが離れていくかもしれないと思ったら、寂しかったよ』
 そんなことないのに。
 僕は、フィズと一緒にい続けるために、少しでも大人になろうと思ったのに。
『だから、それでも一緒にいるって言ってくれて、嬉しかった。それと同じだけ、ずっと嘘を吐き続けてるのが、辛くなってきた。だから、白状しようと思った。でも、私の親が魔族だったせいでこんなことになって、この状況で話すことなんて、できなくなった。
 今更だけど、ずっと嘘を吐いていてごめんなさい。私は、両親が何者なのかを、八年前から知ってた。最初は、よくわからなかった。だからただ単に、サザは産みの親がわからないのに、私だけわかったっていうのが悪い気がして、知らないって嘘をついてた。そのうち、父親が何者なのかをちゃんと理解したら、怖くて言えなくなった。父親が魔族、それもヴァルナムの盟主だなんてわかったら、サザが怖がって離れていっちゃうんじゃないかって思った。できれば一生このまま、隠していければいいって、思ってた。でも、多分それが一番悪かったんだね』
 ようやく、わかった。あの時何を話そうとしてくれていたのかを。どうしてそれをその後で必死に隠そうとしたのかを。
 あの男の狙いがフィズだったことは読めなかったにしろ、事件の中心にいたのがレミゥちゃんであったこと、そしてあの男の言葉から、魔族の血筋が関わっていることはフィズにはすぐにわかったはずだ。
 そして、無関係なはずのスーがそのためにさらわれた。フィズが自分の秘密を明らかにすることを躊躇うための決定打だったに違いない。
『あのクソ男の口からばらされるって、最悪の形でサザに本当のことを知られてしまった。こんなことになるぐらいなら、ちゃんと自分で話してれば良かったって、すごく後悔した。
 今、私のことをどう思ってるかな。この手紙も、読んでくれてるかな。多分、サザは優しいから、読んでくれてると思うし、嘘吐いてたことも許してくれるんじゃないかって思ってるし、父親が魔族で、私が多少かその力を持っていても、今まで通りにいてくれるんじゃないかって思う。だけど、そうじゃなかったら、って考えると、怖くてしょうがない。
 そんなことないって思っても、怖いんだ。サザが、化け物を見るような目で、私のことを見るような時がもしも来たとしたら、もしも人殺し、って呼ばれたら、多分私は、生きていけない。
 実際、私が八年前、人を殺したのは多分本当のこと。そのときのことは、はっきり覚えてない。サザが酷いケガをさせられたのを見て、頭に血が上って、気がついたら、みんな死んでた。殺すつもりがなかったかどうかもわからない。だけど、もう、取り返しがつかない。
 あのクソ男の腕をもいだのは、ほんとはそんなつもりじゃなかった。ただ、サザから引き離すだけのつもりだった。普段使い慣れてないから、うまく力が制御できなくて、怖いものを見せてしまって、本当にごめん』
 どうして、謝るんだよ。
 謝るくらいなら、信じてほしいのに。
 僕は絶対、フィズを化け物だなんて思ったりしない。フィズがフィズである限り、親が何者かだなんて、フィズがどんな人間は持たないはずの力を持っていたって、僕はフィズを。
『サザと過ごした時間は、かけがえのない私の一番の宝物だよ。だから、もしもそれが壊れてしまったらって不安に、私は耐えられない。
 もし今大丈夫だったとしても、いつか、もしも私のせいで死なせてしまったら、私のことを怖がったり、憎んだりする日が来たら、自分の力を上手く制御できなくて、サザを殺してしまったら。ずっと忘れていられた不安が、今はうまく無視することができなくなってる。
 だから、さよならしよう。
 ありがとう。それから、二回も死にそうな目に遭わせてしまって、本当にごめん。いつも私の我儘や行き当たりばったりにつきあわせちゃって、本当にごめん。
 私のことは忘れてもいいし、覚えててくれるなら、覚えていて。私は、サザを忘れない。
 どうか、幸せに生きて。』
 手紙は、そこで終わっていた。
「その手紙を残して、一昨日の夜から昨日の朝の間に、フィズラクがいなくなったんだ」
「なんで」
「理由は手紙に書いてあったよね?」
 その通りだ。そして多分、じーちゃんへの手紙にも、同じことが書いてあったんだろう。
「俺たちが気付いたときには、もう見当たらなかった。フィズラクのクローゼットを見たら、カラクラがあの子の成人祝いのときに一式揃えてあげた旅装がなくなっていたらしい」
「そう……」
「患者さんたちには、フィズラクがお前のケガに動転して責任を感じて飛び出してしまったと、話してあるよ」
「うん……」
 僕は、まともな返事が出来なくなっていた。
 フィズが、いなくなった。
 隣にいるためにどれだけ努力しても、どんなに追いかけても届かない。それでも届いたと思った手から、フィズはするりと抜けていってしまう。
 もし何処かで偶然出会うことがあっても、やっぱりフィズは逃げてしまうのだろうか。
「………………」
 無力。空虚。僕の手では、フィズを支えてあげることなんてできなかった。
 フィズのそばにいるためには努力が足りなかった。それなら、まだいい。いつかもっと大人になって、フィズを探しに行ける。
 だけど、もうフィズが、完全に諦めてしまっていたら。
 僕がどうであろうと、自分の中の不安に押しつぶされているというのなら。もう、何をしてもフィズに届くことはない。
 半身をもがれた、なんて言葉で済む痛みじゃなかった。
 フィズは僕の半身なんかじゃない。僕の、ほとんどすべてだ。それがなくなってしまったのなら、僕はただ空っぽの抜け殻だ。
 一番大切なものが、どれだけ望んでも願っても手に入ることはないなら、僕はどうすればいい。どうもできない。