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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(2)

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5. その道の途中で


 随分長い、夢を見た。十六年の人生の色んな場面が浮かんでは消えていった。
 現在から過去へと、時間を遡っていくように。
 思い出す。ひとつひとつ。覚えていることも、忘れていたことも。
 たくさんの人と出会って、別れた。
 数え切れないぐらい、笑って、泣いた。
 時々いたずらをして怒られて締め出されたことはあったけれど、帰る場所があった。
 いつも、僕の前には、フィズがいてくれた。
 長い長い夢。現在から過去への長い時間。
 十三年前にたどり着いたところで、夢は終わった。
 ああ、そうか。
 十六年生きてきた気でいたけれど、僕が生きてきたのは、たった十三年だ。
 あの日。まだ寒い冬の終わりに、ゴミ捨て場の中からフィズに手を引いてもらったとき。
 あの時、僕の人生は始まったんだ。
 ゴミ捨て場から身体を引きずり出して、手を引かれて歩き出す。そこで、夢は終わった。ぼんやりと目を開ける。見慣れた天井に馴染んだ布団の手触りと重み。僕の部屋だ。窓から光が差し込んでいて、少し眩しかった。
 布団を退けて、大きく伸びをする。太陽の光に暖められた部屋は温かで、意識が急激に覚醒していく。全身の関節がばきばきと音を立てた。足と胸部の筋肉が引き攣れるような痛みに、シャツを襟元を引き伸ばした。
 弾丸が通過した跡が、はっきり残っていた。大急ぎで傷を塞いでくれたせいか、筋肉や皮膚が無理な伸び方をしたのが、痛みの原因だろう。この位置だと、心臓にこそ当たっていないものの、大動脈を間違いなく損傷していたはずだ。あと数秒傷が塞がるのが遅かったら、確実に死んでいた。そう考えたら、なんだか血が足りなくてくらくらするような気がしたけれど、病は気からというものかもしれない。
 そうだ。フィズは。
 まさか手負いのあの男に負けるとは思わないけれど、心配だった。
 怪我をしているということはないはずだけれど、あの男にずたずたに踏みにじられて傷つけられた心は、大丈夫だろうか。思い出すだけで、反吐が出そうだった。あんなに誰かを傷つけるためだけにある言葉を、僕は知らなかった。
 少し体の動きが鈍い気がしたけれど、問題なく立つことができた。右足の脹脛にも、胸にあるのと同じような傷跡が残っていた。
 二、三回屈伸をしてから、僕は着替えもせずに階段を駆け降りた。診療所から人の気配がする。フィズだろうか。扉を開けると、常連の患者さんが数名、順番を待っていた。僕の姿に、みんなが目を見開いた。
「若先生、起きたのか!」
「先生! 若先生が起きたぞ!」
「大丈夫か? 俺たちがわかるか?」
「あ、はい……」
 口々に話しかけられて、僕は思わずたじろいでしまった。
「若先生、お前さんもう三日も寝てたんだぞ。覚えてるか?」
「え」
 三日。道理で、関節が固まっていると思った。首を少し動かすと、ばきばきと嫌な音がした。
「全く、いい加減カラクラ先生も歳なんだから安心させてやれよ」
「誰が歳だって?」
 診察室の方向から、ばーちゃんが出てきた。
「ばーちゃん」
「まったく」
 ばーちゃんはずかずかと歩み寄り、僕の顔を一発引っ叩いた。じんじんと頬が痛む。
「あんたは、あんたたちはもうちょっと自分を大切にできないのかい」
「……ごめんなさい」
「あのクソガキが銃を持ってたのは知っていたんだろう?」
「うん」
「まったく」
 もう一度平手が飛んでくるか、小言が続くか。どちらにしても甘んじて受け入れよう。そう覚悟を決めていたけれど、予想していたようなものはなにひとつ来なかった。
 代わりに、いつの間にか僕より随分小さくなったばーちゃんに、小さな子どもの頃のようにぎゅうと抱きしめられた。
「心配させて。孫がばーちゃんより先に死んでどうするんだい」
「……ごめん、ばーちゃん」
 ばーちゃんが小さくなったんじゃない。僕が大きくなったんだ。そんな、当たり前のことに少しの間気付かなかった。
「孫だの子どもだのの唯一にして最大の仕事は、上の世代より先に死なないことなんだよ」
「ごめんなさい」
 僕は素直に謝った。フィズを取り返したい一心で、スーの無事と自分の勝算だけを計算して突っ込んで行ったけど、忘れてた。
 フィズにだけじゃない。僕にも、僕が傷ついたら嫌な思いをする人がいることを。
 フィズが傷ついたら僕やばーちゃんが辛いように、僕が死んだら悲しんでくれる人がいる。そのことを、思い知った。同時に、僕の周りの見えていなさも。
「まったく、あんたたちは形だけでかくなってもいつまでも子どもだよ。何もわかっちゃいない」
 銃弾の跡が、ぴり、と傷んだ気がした。
「ごめんなさい」
「サザ、起きたのか!」
 ばたばたと音がして、玄関からじーちゃん、スー、レミゥちゃんと、恐らく三人を呼びに行ってくれたのだろう、患者さんがひとり入ってきた。
「良かった、三日も寝てたんだよ。スゥファなんか、このまま起きなかったらどうしようなんてずっと昨日も看病してたんだよ」
「おじーちゃん変な嘘吐かないでよ!」
 そう顔を真っ赤にして言い返すスーの目は、何処となく疲れていた。レミゥちゃんはその肩をぽんぽんと叩いて宥めている。どちらが姉なのかわかったもんじゃないが、ここ数日の間に随分姉妹らしくなったように感じた。
 和やかな空気。誰もが、僕が意識を取り戻したことを喜んでくれた。
 だけど、ひとり足りない。
「……フィズは?」
 途端、取り繕っていた仮面がはがれるかのように、場の空気が凍りついて、罅が入ったように静かになった。
 患者さんたちはお互いに顔を見合わせている。この時点で、僕は少しだけ察した。どうして。
「ばーちゃん、フィズは? 戻ってないの!?」
「………あんまりみんなに聞かせたい話じゃない。家に行って、タクラハに話してもらいな」
 ばーちゃんはちらりと患者さんたちを見て、そう答えた。
 僕は、全身から力が抜けてくように感じた。足からがたりと崩れ落ちて、慌てて駆け寄ってきたスーが支えてくれた。
 その後、どうやって母屋まで行ったのか、思い出せなかった。
 フィズが、いない。世界が真っ暗になって、地に足がつかないようだった。椅子に座ってじーちゃんと向き合っても、言葉が出なかった。
「……サザ」
 じーちゃんの呼びかけが遠く聞こえる。
 フィズがいない。どうして。その理由を、今元気でいるのかを、知りたいけれど、恐ろしかった。
「お前をあの基地の外まで連れてきたのは、フィズラクだよ」
 僕は少しだけ顔を上げた。
「それどころか、家まで背負ってきてくれたのだってあの子だ。あの子は無傷だったよ。多分、生きてる」
「じゃあ、なんで」
 此処に、フィズがいないんだ。
 じーちゃんは暫く黙り込んで、それから、一枚の便箋を差し出してきた。
「フィズラクが残していったものだよ。サザに、と。中身は見ていない」
 レミゥちゃんとじーちゃんも含めたこの家の家族それぞれに宛てて、手紙が残してあったのだという。残して、という言葉に、僕は深い絶望にとらわれそうになった。
 やっぱり、フィズはいないのだ。