小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Another Tommorow

INDEX|3ページ/46ページ|

次のページ前のページ
 

 PHSを取り出して、110番する。指先が震えた。内容は、踏み切りで自殺しそうな人がいて説得したが取り合ってくれない、と。警察は、動いてくれるだろうか。……間に合う、だろうか。
 知らず知らず、自分の左手の拳を、右手で押さえつけていた。



 大学に着いて、ロッカーで白衣に着替えて会議室に集合した。普段飛鳥より早く来るはずの同期の姿が何人か見えない。皆、在来杉宮線で通学している面子ばかりだ。
(また、間に合わなかったか。それとも、相手にしてもらえなかったかな)
 電車の遅延の理由を思い、飛鳥は深いため息をついた。飛び込みは起きたのだ。飛鳥の見た通りに。違うのは、飛鳥があの電車に乗らなかったこと、遅刻しなかったこと、あの光景を見なかったこと。それだけだ。
 自分のせいではないことは頭ではわかっている。飛鳥はただそれが起こることを知っていただけだ。飛び込みをした人が何処の誰であるのかさえ知らないし、ましてや自殺の原因は飛鳥とはまるで関係のないところにあるはずだ。
 それでも、止められたかもしれないのにと思うと、悔しさで胸が潰れそうになる。もう、何十回目かわからないその思いを噛み殺して、飛鳥は手鏡に映る自分がちゃんと笑えていることを確認した。まだ学生だというのは言い訳にならない。実習生という形であれ、患者に接する以上、暗い顔を見せるわけにはいかないのだから。
「向いてるかもなぁ、俺」
「急にどうしたよ」
 ぽつりと呟くと、背後から同期の植村が問いかけてきた。
「や、看護師、天職かもしれないなと思って」
 言うと植村はどこかチェシャ猫を思わせる口を大きく吊り上げてニヤリと笑った。
「……自分の白衣姿に見惚れてその発言はキモいよ、飛鳥ちゃん。ていうかその手鏡何に使うのさ。男がそんなもん持ってたら捕まるよ」
「別に女子高生のスカートの中とか見てないし、携帯いじってただけだし。いやまあ、真面目な話自分の笑顔チェックしてただけで」
「うっわーそれはそれでキモい。自分の事可愛いとか思っちゃってる?」
 キモ、ウザなどと口では言いつつ、顔は楽しそうに笑っているので、まさか本心ではないのだろう。
「いいじゃん別に。それともお前黄昏よりも暗い顔のナースに看病されたいか?」
「御免蒙るね。フィジカルが落ちてるとただでさえ暗くなりがちなんだから。まぁ確かに妙に似合うし、いいんじゃない? 白衣の天使って感じで」
「確かに植村よりはそれっぽいかな」
「ん?」
 植村は一瞬不穏な目つきをしたが、飛鳥は気づかない振りをしてそのまま着席した。余裕で中学生で通るほどの大きな瞳が印象的な童顔に、145cmと小柄なのにEカップはあろうかという豊満なバスト、よくくびれた腰、白衣の裾から覗く太もものせいか、白衣の天使というよりかは看護師コスプレもののAV女優のような雰囲気が植村には漂っている。そもそもどことなく尖った挑戦的な物言いと目つきは妙な色気を漂わせてはいるものの、癒しとは程遠いと飛鳥は思う。本人曰く、東京に遊びに行ったらスカウトの名刺を10枚もらったが、そのうち1割はグラビア系事務所、6割がロリ系着エロ雑誌(ただし実年齢を答えたらいなくなった)、3割がAVだったそうだ。グラビアとAVについては現役看護学生ということもあって更にマニアックな需要があるとかなりしつこく詰め寄られたという。
(男って残念な生き物だよな……)
 AVのダウンロードランキングにあるジャンルの偏りに思いを馳せ、飛鳥はよくわからない感慨に駆られた。飛鳥自身は身内に看護師が何人もいたせいかナース属性の趣味はない。
 勿論、看護師に向いていると思った理由は白衣が似合うからだとかそういうことではない。
 どうしようもないことも、悲しいことも、悔しいことも、全部飲み込んで笑うのに慣れているからだ。
(きっと受け持ちの患者さんが亡くなっても、俺は次の人にニコニコ笑って接せれるんだろうな)
 どんなに悲しくても、悔しくても。心の中からそれを消せなくても、表に出さないでいられるから。
 天職かもとの思いは限りなく本気だけれど、初めから看護師を志望していたわけではない。中学の頃は警察官になりたかったけれど、あまりの運動神経のなさに断念した。自転車にすらまともに乗れない飛鳥に武道などできるわけもない。中学高校の柔道は、とにかく怪我だけしないようにひたすらに受身の練習をする日々だったことを思い返す。一応去年免許も取ったけれど、未だに父も弟も助手席に座ってはくれないほど運転技術も覚束ない。こんな運転ではカーチェイスどころか自分が事故を起こして警察のご厄介になるほうがありえそうだった。次は、医者を目指した。他の科目はともかく、数学と化学だけはどんなに頑張ってもできなかった。根っから頭のつくりが文系だったのだろう。ごく普通の地方公務員に過ぎない父にまさか私立の医学部の授業料が出せるわけもないので、それも諦めた。結局理科は生物だけで受験でき、数学がぼろぼろでも他で挽回すればなんとかなると踏んだ看護学部に合格して今に至る。
 警察も、医者も、看護師も、目指した動機は同じだった。ただ、必要とされる能力と自らの適性を考えていった結果として看護師を選び取った。正直医者はともかくとして、警察になっても体力的に足手まといになる図しか浮かばないのでこれで良かったのだろう。
 今朝の悔しさと吐き気を間違っても実習中に表に出したりしないように奥底に押し込めて、もう一度笑顔を作った。白衣の天使と呼ぶに相応しい、柔らかで明るい笑顔を。
(ああ、だけどさすがに)
 その奥底の蓋が、下から押し上げられてがたがたと音を立てる。ここ一ヶ月の間やむことなく鳴りっぱなしのその音が耳の奥から響いてくるような気がして、飛鳥はもう一度、鏡に向かって笑って見せた。



 この患者に間違いない。病室の入り口で名札を確認し、飛鳥は時計をちらりと見た。9時27分。十時半に死亡宣告、12時ごろには呼び出しを受けていることから推定すると、少なくとも10時過ぎには容態が急変するはずだ。見るからにもう入院生活も長そうな40台前半のその患者は、今は特に異常な様子はなく、まだ若い看護学生たちをやや鼻の下を伸ばし気味に見ている。今でも多いとは言えない男子学生のひとりである飛鳥のことは、視界に入っていないようだった。好都合だ。
 学生の視線は説明している森本師長へ向いている。師長の目は当然ながら患者へ。誰も飛鳥を見てはいない。
 飛鳥が知っているのは、この患者が急変すること、患者は死亡し、そしてその原因がなんらかの医療上の不手際であることだけ。学生たちは全員会議室に集められ、誰に何を聞かれても絶対に話してはいけないと固く口止めされることになる。その口止めのときの状況から考えて、このクラスが現場に立ち会うことになるのは間違いない。
 飛鳥は、二時間後に聞くことになるはずの、循環器科の西崎准教授の説明をひとつひとつ思い出していった。質問に答えてはいけないだとか、私服に着替えて実験棟経由で学部の玄関から出て行くようにだとか、そういう要らない部分は早送りにする。
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい