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キャント・セイ・グッバイ・スターゲイザー

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Can't say "GOOD-BYE", to stargazer
 
 蛍光灯の青白い光がコンクリートの床と一緒に寒々しさを押しつけてくる。反射している焼酎の瓶を伯父さんのもっている買い物かごに入れた。それなりに広い店内は俺たち二人とレジの婆さん以外は人が居なかった。それもそう、今は年の瀬大晦日の午後九時なんだから。正確に言うと、九時二十四分四秒。俺の左手のGショックが示した数字。
 どうしてこの寒い中酒なんか買いに来ているのか。簡単だ。酒が足りなくなったからだ。今杉浦の家の広間では、残り少ないビールやら酎ハイやらを奪い合って醜い争いが起こっているはずだ。
 どうして俺と伯父さんなのか。正気を保っている男がせいぜい俺たちくらいだったからだ。親父は早々に出来上がった爺さんどもにべろんべろんに飲まされてつぶれている。俺は未成年だからおよそ難を逃れた。そして伯父さんはザルだ。いや違うな、ワクだ。飲ませてもおもしろいことなんて一つもない。
 そういうわけで、この寒空の中、なにが悲しいのか男二人で、楽しくもないただ寒くて重いだけのお使いにいくことになった(というか母さんたちに叩き出された)。報酬は出ると信じている。
 ビールをニパックほど、日本酒を一升瓶で、それから女性陣のためにカクテルをいくつか。それをかごに入れて、レジに運ぶ。伯父さんはレジ横からウイスキーのミニボトルをかすめ取ると、かごの中に放り込んだ。
 今にもぶっ倒れてしまいそうな(失礼な話だが)酒屋の婆さんの毎度あり、という言葉を背に俺は店を出た。ドアノブは飛び上がりそうなほど冷たかった。後から出てきた伯父さんは問答無用で俺に一升瓶を押しつけた。じとっと顔を見ると、若いんだから体力余ってるだろ、と言ってさっさと歩きだしてしまった。

 新興住宅街を抜け公園の角を曲がって土手に上がる。いつもなら冷たい川風が川上に向かって土手を上る人を容赦なく叩きのめすのだが、今日はほとんど無風と言っても良いくらいだ。それでもずり落ちてしまうマフラーのせいで鼻先は冷たい。ずず、と洟(はな)をすすったら鼻の奥がつんとした。いつの間にか隣に並んでいた伯父さんが口を開いた。
「そういえばお前、彼女に振られたんだってな」
 どうしてこの人はそんないらん話を振れるんだろうか。
「なんでそんなこと知ってるんだよ」
「美沙と美恵子が喋ってんの聞いたんだよ」
 あの女ども……。そもそも母さんと姉さんが俺のプライベート事情を逐一把握しているという時点で何かがおかしい。俺にはプライバシーの権利はないということなのだろうか。
「あんたには関係ないだろ」
 マフラーを鼻にかけ直し、そのあたりの小石を軽く蹴る。決して、苛ついているわけでは、ない。
「まーあれだ、女は星の数ほどいるんだぜ」
 にやにやと笑う三十路半に本気で苛ついたのでぼそっと言う。
「……星に手は届かないけどな」
 聞こえていたらしい。お前のそのすかした面はほんとにむかつくな、とぼそっと不機嫌そうに言い返されたが、
「だれが届かないって決めたんだ? 少年よ大志を抱け。ぼーいずびーあんびしゃす、さ」
 そういってまたからかうようににやにや笑いをするこいつは本当に嫌な奴だ。聞くに堪えないひどい発音もきっとわざとだ。
 なんでこの人はこんな風に笑っていられるんだろう? 俺は長年不思議だった。それは抗いがたい魅力であると同時に不快さももたらすだろう、一部の人には。
 ふと、聞くなら今じゃないのか、と思ってしまった。

「なあ、伯父さんが独身なのってさ……、やっぱさゆりさん?」
 こちらを振り向いた伯父さんの顔をたぶん一生忘れない。俺が今後の人生でこいつに対して後ろめたくなることがあるとしたら、この瞬間のことだろう。

 さゆりさんは伯父さんの婚約者だ。婚約者だった。式の一ヶ月前にトラックにはねられた。頚骨損傷で即死だった。もう八年もまえの話で、つまり俺は八歳だったわけで、当然そのころの記憶はあまりない。覚えているのは、ひどく取り乱した祖父母と、母が受けた電話口の、かすかに漏れ出た聞いたことのない伯父さんの声だった。大人たちははっきりとさゆりさんが死んだことを俺と姉に伝えはしなかったが、俺の頭をなでるあの優しい手はもうなくなったのだということは幼いながらも理解できた。愁介のような人によくこんなできた娘さんが、というのが親戚中どこに行っても言われる言葉だったらしい。それはわかる。伯父さんにはもったいないような優しい人だった。ピンクのカーディガンが女神みたいな笑顔によく似合っていた。
 さゆりさんの葬儀が終わってすぐ、伯父さんはシリアに飛んだ。そもそも伯父さんとさゆりさんが知り合ったのは大学のゼミで、ともに考古学を研究していた。大学を卒業してからは伯父さんは研究室に残り、教授のプロジェクトチームに参加して海外を飛び回った。学生のころから休みになればバックパック一つを背負って東南アジアの朝市やダウンタウンを歩き回るような人であったらしいから、そんな生活は伯父さんに合っていたようだ。
 だが、ずぼらでいい加減な性格のためか、研究員になってしまうと、本業をほったらかしてほかの仕事にせいを出してみたりしていた。さゆりさんとの婚約をすませるとそれがより顕著になった。
 ほったらかしていた研究に熱をいれ始めた理由はわからない。ただ伯父さんは、何かを振り切るように、あるいは何かを見つけだすように、ひたすら研究に打ち込んだ。
そのまま、五年間この杉浦の家には帰らなかった。
 忘れもしない、三年前の大晦日。外は横殴りの雪が玄関の門松に吹き付けられていた。恒例の年末の宴会で、玄関近くの客間に親戚一同が陣取っていた。
 俺は、戸口のほうで、ガタンと音が鳴るのを聞いた。それはほかの大人たちも同じだったようで、祖母が応対すると言って襖を開けて出ていった。
 そのまままた宴の喧噪を取り戻すかのように見えた広間は、祖母の驚いた声によって再び静まり返った。
 皆我先にと広間を飛び出した。俺も大人たちの後からそっと玄関をのぞいた。
 愁介、と祖父が言った。伯父さんは雪に吹き付けられて半身真っ白だった。ふるえてはいない代わりに、ひどく酔っていた。ワクの伯父さんが酔うなんて、業務用アルコールでも飲まなきゃありえないんじゃないのか、と今になって思う。
 その年の正月は伯父さんは丸々杉浦の家に滞在した。俺は大人たちのひそひそ話にも気付かずに伯父さんにくっついてまわり、外国の話をせがんだ。それはどれも俺の少年の心をくすぐるのに十分すぎるものだった。