小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

真夏の夜の夢

INDEX|3ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

後編


3.

 翌日は見事なほどの快晴だった。冬の間のわずかなきらめき。いつもの工場跡に
は子供達が集まっていたが剛は彼等に眼もくれず、昨日の竹林へと向かっていた。
足元で乾いた音を立てる枯れ葉もサラサラと鳴る林も気にならなかった。昨夜、布
団の中で考えた計画は、あの少女を助けることだけだった。
言葉を交わした訳でもないのに、剛は少女が悪漢に捕われているに違いないと堅く
信じ込んでいた。足の速さでは誰にも負けない。悪い奴が現れたらあの子の手を引
いて逃げてやるのだ。いざとなれば自分が戦っている隙に少女を逃がしてやればい
い。
子供らしいと云えば子供らしく、他愛ない計画だった。

 昨日の道場はしんと静まり返っていた。
(今日は居ぃひんのやろか…)
そう思いつつ、そっと昨日覗いた格子の間から視線を送る。と、はたして少女の後
ろ姿が見てとれた。覚えず小さなため息がもれる。昨日と同じ白い胴着に身を包
み、静かに正座している。思わずその背中に見とれていると、気配に気付いたよう
に少女はふいに振り返った。
「お前…昨日の…!なんで、おんねん。どないして入ったんや?」
間抜けな顔を見られたろうか?剛は丸い眼をさらに真ん丸にし、威勢よく云った。
「そ…んなん、どうでもええわいっ。なぁ、お前…ひとりなんか?」
こくん、と少女は頷いた。
「せやったら…せやったら、わいと友達にならんか?わい、助けに来たンや。お前
ここに閉じ込められてんのやろ?わいが助けたるっっ!なな、わいんとこ、来ぃひ
んか?」
まくし立てるように云う剛に少女は一瞬ぽかんとした表情になり、それからすぐに
花がほころぶような微笑みを浮かべた。
もう言葉は要らない。格子を開けようとした瞬間、奥から大きな足音が聞こえてき
た。
「ひかる!」
雷鳴のような怒声とともに入って来たのは、黒い胴着を着た長身の、抜き身のごと
き鋭さを感じさせる男だった。五十は過ぎているだろうか。しかし老いなど微塵も
感じさせない。剛にはまさに”黒鬼”に見えた。
「正座もまともにできんのかおどれはぁっ!大人がおらんと一人でギャアギャア騒
いでからに。そないなことでこの九堂の家が守れると思っとるんか。餓鬼や思ぉて
甘えとると承知せんぞ、くらぁ!」
道場がびりびりと震えた。ひかると呼ばれた気丈な少女でさえも動けなかった。剛
も同じである。青ざめながらも少女は黒鬼のほうに向き直り、剛がいることは悟ら
れまいとした。男の手には木刀がある。それが何を意味しているか、幼い剛にもす
ぐに判った。
(ああ…あ)
このままでは助けるどころか自分をかばって彼女がひどい折檻を受ける。だが足が
動かない。声すら出ない。どうする。汗と涙だけが滲んでくる。自分には、子供に
はどうすることもできない。どうしようもない世界があるのだ…。
男が木刀を振り上げた。

 ―いつか剛にもそない思う人が現れるんよ。この人の為やったら命も要らんゆう
相手が、ね。

 ―それ、いつや? お母ちゃん。 


「わあああぁーっ!!」

剛は格子を開け放ち、眼前の鬼神のような男に遮二無二突き進んでいった。
「わ、わいのおひいさんを、いじめんなあっ!」
渾身の力を込めてぶつかるが、まるで岩にぶつかったようだ。弾き返された体中が
痛む。
「なんや、小僧。どこから紛れ込んで来た?」
木刀を下ろし、男が問いただす。
「がああっっ」
剛はもう何も聞こえない。再び突進する。傷めた同じ肩で、何度も何度も。ここで
引き下がったら、もう二度と前には進めない。呆気に取られていた少女がやっと気
をとり直した。
「な…なんで、隠れへんねん。なんで逃げへん?助けに来た、ゆうんか…なんでそ
ないボロボロになって!」
初めて少女の顔に戸惑いと恥じらいが垣間見え。そして。
ドン!
剛の突進に合わせ正眼の構えを取り、自らも男にぶつかっていった。
『わああああああああーっっ!!』
 猛進する二人を受け損ね、男がよろめいた。
「いまやっ!」
剛は少女の手を掴み、もとの格子を潜り、外へ駆け抜けた。そのまま林を目指す。
男は…追ってこなかった。

 竹林を走っている途中少女が立ち止まり、脇の薮に入っていった。幾分落ち着き
を取り戻した剛が声を掛ける。
「どないした?」
「…これ、お前んやろ」
薮から出て来た時には、ネットに入ったサッカーボールを手にしていた。
「せや! わいのや」
「昨日、表に落ちとった」
「そっかぁ、おおきにな。大事なもんやのにどこに落としたんか判らんかってん。
ここで無くしたんか…」
云っていると、ふいにガサガサと枯れ葉を踏む足音が聞こえた。竹の向こうに先と
は異なる、人相は悪いがまだ二十代程度の男二人が見えた。明らかに誰かを探すし
ぐさだ。真っ赤と真っ青のあつらえたような背広を着ている。そのまんま”赤鬼”
と”青鬼”だ。
「こっちやッ!」
剛は夢中で少女の腕を引いてまた走り出した。竹林を抜け、少女の手を引きながら
走る。耳の隅にふたりを追って来るような足音が聞こえたが、剛は後ろも見ずにた
だただ握り締めた小さな手を離すまいと力を込めた。明るい世界へ、剛の持つ暖か
な世界へと。
作品名:真夏の夜の夢 作家名:JIN