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ギャロップ ――短編集――

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【今年一番】



 部屋で吸うなと言われているわけではないが、マンションの非常階段でタバコを吹かすのが日課となっている。
 真夜中の古いアパートで、いい年をした男が一人、天体観測。申し訳なさそうに瞬く星空を見ながら、嘲笑がもれた。狭い室内で吸うより数倍ものんびりできる、と自己暗示をかけて安物ライターに火を付けた。煙を吐かなくても息が白くなる。顔面をピリピリと外気が刺す。だらしなく開いた口の奥で、歯がカタカタと鳴っていた。寒い。

 ここでは地上に溢れる光が多すぎて、二等星を見るのが精一杯だ。ロマンチックな星空に浸るよりは、街の夜景にうっとりする方が何倍も簡単だ。曇りでも雨でも、それは常にあるのだから。それでも毎日空を見上げてしまう。これも日課になっているのかもしれない。
 らせん状に最上階まで届く非常階段は、濃いあずき色のペンキが所々剥(は)げていて年代を感じる。むき出しになった階段は錆(さび)始めているのだか、夜しかここを使わない自分には、薄暗いから見分けがつかなくて気にならない。鉄格子の中の階段は、歩けばガンッゴンッと耳障りな音を立てる。底の硬い靴で歩かれると、部屋にまで響いてくるほどだ。

「ライターを貸してくれるかい?」
 上階から、しわがれた男の声がした。
 正確には中上階といったところか。しわがれ声の男は、途中まで階段を下りてきていた。この寒い中で、短パンに裸足の姿を見て、足音がしなかった理由に一人で納得した。
 無言でライターを差し出すと、しわがれ声の男は、体格からは想像ができないほど軽やかに残りの階段を下り、節ばった大きな手でそれを受け取った。
 炎がしわがれ声の男の両眼に映る。ぼわっと一時浮かんだしわがれ声の男の顔を見ても、年齢はわからなかった。
 手巻きのタバコだろう。不格好なそれは、先端をオレンジ色に光らせて煙を立てた。

 固有のハッパの匂いにしわがれ声の男を見上げると、「吸うか?」と手巻きタバコを差し出してきた。何の躊躇もなく受け取り、普段の三分の一程度の吸いでやめた。自分の吸っていたタバコを軽く持ち上げると、「いや、タバコは吸わないんだ」としわがれ声の男は真顔で言った。
「なるほど」
 笑いを殺しながら手巻きタバコを返すと、しわがれ声の男も「へへっ」と下品に笑い、「今日の星空は、今年一番だ。ここではこれが精一杯だな」
 そう言って、上階へと消えていった。
 自分のタバコを深く吸い、ゆっくり吐き出す。そういえば、『光害』って言葉を新聞で見た気がする。
 へへっと、しわがれ声の男を真似て下品に笑ってみた。夜空を見上げれば、心なしか星の数が増えている気がした。



◆お題:『深夜の階段』で、登場人物が『共有する』、『星』