小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
しらとりごう
しらとりごう
novelistID. 21379
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ブローディア夏

INDEX|12ページ/36ページ|

次のページ前のページ
 

(夏休み)



 夏休みに入ってすぐの図書室当番の日、石間は訪れなかった。
 わかっていた。
 だって夏休みってことは定期もないのに、暑い中貴重な時間を片道30分近くも使ってバスでやってくるはず、ないから。
 でもおれはケータイを持っていないし、特に約束も取り付けていない。
 石間には友達が多いから、付き合ってるとはいえ友達じゃない俺に割り当てられる時間は、多くはないだろう。

 来いよ、と、俺が言えばよかったんだ。
 この日に当番だとは伝えたが、可愛いセリフは俺には言えなかった。小説や漫画のなかで「ありがち」と思うセリフは、案外実生活ではありえないよなと思った。

 言いたくても言えなくて、でも頭の中で飽きるほど繰り返す言葉。

「会いたいな」

 誰もいない図書室で、はためくカーテンにハモる自分の声。
 日が当たらなくて涼しい静かな図書室のなかで俺は、余りにも孤独だ。
 何度も頭の中で飽きるほど繰り返す。

「会いたい」

 帰りまで延々呟き続け俺にとってありがちになってしまったセリフは、うれしいことに、言えなくなってしまった。

「…俺も」

 生徒玄関で一人涼んでいた石間の唇に、盗られてしまったから。

「こんなに貢がせて、どうしようっていうんだ」

 石間がアイスを咥えたままで、上履きをしまう俺を見上げてきた。

「俺石間になにか貰ったっけ」

 スノコから勢い良く立ち上がって、食いかけのアイスを唇に押しつけて来る石間は機嫌がいいみたいだ。
 貢ぐなんて言葉のわりに、喜んでもいるような。

「いんや。なにもあげたことない」

 じゃあなんだよ、と言おうとしたのに唇がアイスについた氷に張り付いて、もがもがと呻いただけに終わってしまう。

「結構たいへんなんだ、うーん」

 そう囁いた石間の舌が、俺の唇とアイスとの間に差し込まれ、氷を溶かしていく。
 やっと離れたのは良いが、石間を直視できなくなった。だって、俺たちはいわゆるディープキスってやつをしたことがないわけで。石間の舌を見たのは初めてで。

「バスは乗り継ぎがあるから、片道だけで560円もかかっちまった」
「560円」

 そりゃひどい。
 つい一秒前までのドキドキがやんだ、ということにした。

「更にアイス買ったから88円だろ」
「それは石間の問題だろー」
「長らく待たされたんだ、経費で落とすべきだ」
「あはは、なんじゃそりゃ」

 不意に訪れる沈黙。
 石間は俺の唇を舐めておいて、平常心なんだなあ。
バスの話題のついでに、舐めちゃうわけか。

「木野」
「なに」

「渡したいものがあるんだけどさ」
「…へえ、なに」

 話の流れで貢ぎ物、とは言わないところが石間だと思う。
 生徒玄関のスノコの隙間で潰れているビニール袋をひっつかんで、石間は俺の手にそれを乗せた。

「取り敢えず笑ったら殺す」
「物騒だな」

 石間の香水の香りがする、ブタのぬいぐるみだった。

「いや、それネコだし」

 石間がくれた猫のぬいぐるみは枕の形になっていて、つまり部屋でごろごろしているだけで、石間の香りに包まれているってわけ。

 この芸の細かさからして、やはり石間はファンタスティックな男だ。

「進二郎ー、でんわあ」
「あー」

 石間だ。

 ウチにコキというものがない以上、石間を感じながら声を聞くという恥ずかしいことはできない。

『なんだつまんねえな』
「じゃあ明日、遊びにいくから」

 俺は現実的なんだ。


『夢みてえ!』

 って、OKすんのかよ。

作品名:ブローディア夏 作家名:しらとりごう