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コミュニティ・短編家

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お題・喧嘩×オカリナ×幼馴染み


むかし、オカリナの精と喧嘩した。
僕はごめんと謝った。
でも彼女は許してくれなかった。
「としくんちっとも『ハンセイ』してない」
彼女は羽と同じ色の薄ピンクの唇を尖らせそう言った。彼女の首もとにはクリーム色のオカリナがぶら下がっていた。
僕はちぇっと言って彼女を軽く蹴飛ばした。謝ったってどうせ許してくれないんだから。こんなことなら謝らやなきゃよかった。大体なんでオカリナの精がこんなに怒ってるのかさえもわからなかったのだ。理由もわからないままとりあえず謝ったのだから、反省していなくて当たり前だった。
もちろん蹴飛ばされたオカリナの精はさっきよりももっと怒った。
「もうっ」
オカリナの精の大きな黒い瞳に雨粒の様な涙がたまった。
「もうとしくんとなんかぜっこうだもんっ」
僕はすっかり参ってしまった。生まれて初めて女の子を泣かしてしまったのだ。それ以降一度も僕は女の子を泣かせたことがない。思ったよりも狼狽するものだとその時思いしったから。
結局オカリナの精とはあの日以来一度も話をしていない。そのまま僕は遠くの街へ引っ越してしまったのだ。
…そうやって喧嘩別れしたままのオカリナの精と、僕は今日再会する。
僕はかつての仲間たちと久々の挨拶をかわす。太鼓の精や、リコーダーの精。トライアングルの精は早くも結婚して子供までいた。僕は彼の幸せそうな顔を拝みつつ彼女を探す。オカリナの精を。
「利雄君?」
ハッと振り返る。違う、ハーモニカの精だ。
「利雄君だよね?3年生の時転校しちゃった」
ハーモニカの精は長い睫毛…ではなく長いつけ睫毛をパシパシとさせ僕をじっと見た。微かなデジャヴ。
「うん。その利雄。よく覚えてたね」
「覚えてるよーっえっえっなんで今日来られたの?」
「たまたま大学が岡沢と同じでさ、誘われたんだ」
僕はなんで「覚えてるよーっ」なのかちっともわからないまま適当に答えた。
こうしてる間にオカリナの精を見過ごしてしまったらどうしよう。
なぜ僕がこのほとんど僕を覚えているものもいないだろう集まりにわざわざ来たのかといえば、オカリナの精に会うためだった。
僕が泣かしたたった一人の女の子。恋人と別れる時だって泣かしたことはなかった。最善の注意を払ってきたから。
ぐいっと顔をひっぱられた。ハーモニカの精が僕の両頬を包み込んでいた。
「…なんで覚えてたか、わかる?」
「…」
「あなたが好きだったからよ」
僕は息を止めた。ハーモニカの精の肩越しに彼女がいた。
白い肌。染めてないのに色素の薄い長い髪。黒目がちの大きな瞳。
「ごめんっ…」
僕はハーモニカの精の手から逃れ駆け出した。
オカリナの精はこちらの方をじっと見ていた。
僕は高鳴る心音と息を整え口を開く。
「あっ…あのさ、覚えてないかもしれないけど」
「…」
オカリナの精は何故か泣きそうな顔をしていた。なぜだ。また僕は。
「あっ…ぼ、僕3年の時学芸会で山瀬さんとコンビで木こりの役やってた滝田利雄なんだけど…その…」
「…」
彼女は必死に堪えていた。でもその黒い瞳にははっきりと涙がたまっていた。はっきりと。僕はすっかり狼狽した。
「…ごめん」
「相変わらず」
オカリナの精が怖い顔をした。
不謹慎にもあぁ、相変わらず怒った顔も可愛いなぁと思ってしまう。
「利君ちっとも反省してない」
このフレーズ。僕は思わず微笑んでしまった。
「もうっ何笑ってるの」
オカリナの精はキッと僕をにらんだ。…しかしすぐに首を下に向けた。しょんぼりと。
「…ごめんね、利雄君は何も悪くないのに」
僕はえっと声を上げた。嘘だろ?
彼女はうつむいたまま呟く。恥ずかしそうに、悲しそうに。
「あなたは何も…何も悪くないの。…あの日も、今日も。だから私ずっとあの時のこと謝りたくて…今日あなたを見つけた時本当に嬉しかった。…なのにまた利雄君真美子と…」
オカリナの精がハッと口をつぐんで真っ赤になった。そのまま飛ぶようにかけていく。僕は慌てて追いかける。
そうだ。あの時も。
僕はオカリナの精が好きだった。コンビになれて本当に嬉しかった。でも照れくさくて上手く話せなくて、当時やたらと僕にちょっかいをかけてきたハーモニカの精もとい真美子とばかりからんでいた。練習中も。
僕はオカリナの精の手を掴んだ。あの時もこうすればよかったんだ。きっと。
真っ赤な顔のオカリナの精が振り向く。僕は彼女を見る。目をそらさずに。
「君も」
「…」
「君も相変わらずオカリナの精だ」
なにそれとオカリナの精が笑った。意味わからない、と。
あぁ、そうか。
僕はこれが見たかったんだ。ずっと。
僕は体が妙に軽くなった気がした。妖精の羽が生えたのかもしれない。


今なら空まで飛べそうだ。

作品名:コミュニティ・短編家 作家名:川口暁