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「月傾く淡海」  第五章 赭星の行方

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「……まあ、大体の素性は予想がつかなくもないが。しかし、それもあまり意味のないことだ。深海、嘆いていたって仕方がないだろう。こんなこと、これから先いくらだって起こるんだ。犠牲者たちを悼むんなら、お前は彼らの無念を抱えて、大王として立つしかない。それが、お前の役目だ」
 突き放すように言うと、真手王は立ち上がり、転がったままの筐を拾った。
 床の上に丁寧に筐を置き、静かにその前に座ると、丁重な仕種で筐の蓋を開ける。
「素晴らしい……」
 筐の中身を覗き込むと、真手王は感嘆して目を見開いた。
 筐の中には、三つの玉璽--金冠、金履、環頭太刀が納められていた。冠と履は、いずれも金銅製である。葉や魚を模した歩揺と輝石の玉で表面を飾られ、裏側には赤い絹布が貼られていた。
「これを身に付けて即位に望むのだな……。素晴らしいぞ、深海! なんという威儀だ!」
 金色に耀く太刀を両手で掲げ持った真手王は、熱に浮かされたように叫んだ。彼の瞳には、尋常でない歓喜の光が浮かんでいる。
「さあ、つけてみろよ深海。誰よりも先に、この真手王に大王となったお前の姿を見せて
くれ!」
「……嫌だ」
 座り込んだまま、深海は俯き、小さく呟いた。
「……なんだと?」
「嫌だ。僕は、大王になんかならない」
 掠れた声で、だだをこねる子供のように、深海は言った。
「僕は、何もわかってなかったんだ。夢を追うなんて、綺麗事ばかり言って……本当の恐ろしさが、わかってなかったんだ。これからだって、戦いは続く。いや、どんどん激しくなっていくだろう。……だったら、これ以上犠牲を出し続けなきゃならないんなら、僕は大王位なんていらない!」
「ふざけるなよ、深海!」
 真手王は太刀を持ったまま深海に近づき、片膝をつくと、彼の肩を強く掴んだ。
「今更そんな戯れ言が通るとでも思ってるのか! 俺達は、もう引き返せないだぞ!」
 深海の瞳を見据え、真手王は怒気荒く叫ぶ。
「すまない、真手王。だけど、僕にはもう、自信がないんだ。二人で一緒に大連どのに謝ろう? 大和には、橘王という王裔がいるっていってたじゃないか。大王には、その人になってもらえばいい。そうすれば、もう争いも、犠牲もなくてすむんだ。そして、また二人で野州に帰って今までみたいに静かに暮らそう? 僕は、真手王がいてくれればそれでいい。他には、何も望まない。だから、二人で野州に帰ろう?」
 必死の形相で、深海は真手王に懇願した。
 自分が、とんでもない無茶を言っているのはわかっていた。土壇場で、逃げようとしていることも。
 けれど、これ以上心を偽って進むことは出来ない。
 恐ろしいのだ。
 何もかもが、どうしようもなく恐ろしい。自分は、そんなものに立ち向かえるほど、強くない。
 まだ、間に合うのなら。ここから逃げ出そう……今すぐ。
 子供の頃から、誰もわかってくれなくても、真手王だけは、深海の本当の気持ちを理解してくれた。どんなわがままでも、深海の本気の願いならば、真手王だけはきいてくれた。
 だから、今度も。散々怒られはするだろうけど、真手王だけは自分の味方になってくれるはずだ。
 きっと……。
 --だが。
 真手王は目をつりあげ、悪鬼のような形相で叫んだ。
「橘王だと!? 他の奴じゃ、意味がない。お前じゃなきゃ、駄目なんだよ! 『俺』の宿願を叶えられるのは、この世でただお前一人--お前だけが、あの大王家の血を穢すことができるんだからな!」
「血を……穢す?」
 深海は呆然と、激昂する真手王を見上げた。
 彼の言っている事の、意味が分からなかった。
「どういうことなんだ、真手王? 大王家の血を穢すって? 僕は……誉田別の大王の裔だから……大王に迎えられたんじゃ……」
「誉田別の裔など、もうこの世にはいない」
 真手王は立ち上がり、吐き捨てるように言った。
「奴らは十四年前の高島の戦で皆死んだ。……『お前の一族』が殺したんだよ」
 真手王は、傲岸な態度で深海を見下ろした。
「僕の……一族?」
「ああ、お前は本当に、何も覚えてはいないんだな」
 真手王は、哀れむように嘲弄した。
 彼のその貌は、十年以上一緒にいた深海が、これまで一度として見たことのないものだった。
「お前は……誰だ?」
 深海は、真手王を見上げながら掠れた声で言った。
「誰? 真手王だよ。決まってるじゃないか」
 真手王は怖気のするような冷笑を浮かべた。
「--十四年前。俺の父上が、騎馬民族に襲われた高島を救援に行った時、既に三尾の一族は全滅していた。首長である彦主人王も、妻の振媛も、幼い嫡子の男大弩王(おほどおう)も全て……な」
「男大弩王……?」
「父上は、高島を占拠した異国の騎馬民族と戦い、友族である三尾の仇を討った。父上は、奴らが三尾の一族にしたように、族人も奴卑も、すべて皆殺しにしようとした。--だが、偶然にもその戦火の中を生き延びた、異国の幼い奴卑の子供がいたのだよ」
 真手王はそこで言葉を切り、深海に一瞥をくれる。
 真手王の冷たい瞳に捕えられた時、深海は慄然とした。反射的に、もうこれ以上何も聞きたくないと思った。
「父上は、仇敵であった異国の騎馬民族の、生き残った奴卑の子を野州に連れ帰り、難を逃れた彦主人王の嫡子であると偽って育てた。それが深海……お前だ」
「僕が……っ!?」
 愕然とした深海は、悲鳴のように叫ぶ。
「そんな……そんな、はずはない。僕は、彦主人王の子だと……」
 反駁しながら、深海は必死に記憶を反芻しようとした。 野州に来る前を……高島にいた頃を、思い出そうとする。
 けれど、どうしても。戦火の中で泣いていた時以前の記憶を辿ることは出来なかった。
「今のお前の素性は、野州に来てから父上と息長の巫がお前に植え付けたものだ。……ふん。何が、河内王朝の開祖・誉田別の大王の王裔だ。お前はこの豊葦原に生まれた者ですらない。薄汚い、異国から来た侵略者の、ただの死に損ないの奴卑の子に過ぎないのさ」
 冷淡に告げる真手王の顔には、あからさまな侮蔑の表情が浮かんでいた。
「僕が……僕が、異国の侵略者の生き残り!? 三尾を滅ぼしたのは、僕の一族だったっていうのか……?」
 真手王の言葉に打ちのめされた深海は、悲愴な面持ちで切れ切れに呟いた。
 ……今まで信じてきたことは、何だったのか。
 王裔であることを驕る気持ちは、なかった。
 だが、血族を全て失った自分にとって、古の大王の血を引いているのだという誇りが、支えになってきたことも揺るぎのない事実である。
 だが、それは全て偽りだったのか。
 侵略者の生き残りである自分は、高島や野州にとって……いや、この豊葦原そのものにとって、忌むべき穢らわしい存在ではないのか?
「誉田別の王裔を庇護しているとなれば、いずれそれが息長にとっての切り札になることもあると考えて、父上はお前を身代わりに立てた。--だが、俺は違う。俺の願いは、忌まわしい異国の血を持つお前だからこそ、叶えられるのさ」
 真手王は深海に向かって残酷に嗤笑した。
「お前の……願い?」
「--そう。俺の願いはただ一つ。大王家の血を穢すことだ」
 決然と告げると、真手王は手に持っていた玉璽の太刀を己の頭上に掲げた。