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釘の靴

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トバレるに決まっているし、僕の帰りが遅いのを心配して父さんや母さんやお
姉ちゃん達が間違いなく警察に通報するにきまってる。きっと……。

そして警察官や自衛隊の捜索隊とかこの山に詳しい地元の人達や、テレビ局
のヘリコプターその他いろんな大人達が僕のことを心配して探してくれてい
るに違いない…自信ないけど……。」

頭の中ではこんな考えがあまり威力のない弓矢のように攻略不可能な魔物
を仕留めるため、そいつが移動するたびにたくさんたくさんあっちに飛んでい
ったり、こっちに飛んでいったりしていた。でも魔物はそんなものではビクと
もせずに、空想の中でどんどんどんどん大きくなっていった。それに合わせて
寒さと不安で組み立てられた二重の体の震えはますます強くなってきたので
つい、思わずいつものクセで体を暖めようといつも朝一の体育の授業のときに
友達と一緒にどちらが早くホッカホカになるか競争している方法を反射的に
使ってしまい、その場でもの凄いハイテンポで足踏みを始めた。もちろんその
時すっかり忘れていた。傷つき晴れ上がった左足のことを。左足から全身に至
る激痛は脊椎の辺りで感動へと変わり、そのまま頭まで駆け上がって涙腺付近
で一瞬にして水分に化けた。そしてその涙は再び空から降り出した有限の.粒
と、それ自身が鏡となり写し出す晩秋の殺伐とした風景と、自分のバカさ加減
と、情けない悲鳴とに溶け合わさっていった。勢いよく地面に倒れた。生命の
抜け殻が帰するこの栄養分豊富な地面に。.に打たれながらだらしのない百円


ショップの雑貨コーナーに置いてあるおもちゃの蛇みたいに、痛さのあまり左
膝を両手で押さえてくねくねと地面をのたうち回っていた。右肩を支点にして、
ぴんと伸びた左足で同じ場所に何度も何度も、パニックの中で半径が背丈のほ
ぼ三分の二ぐらいの歪んだ円を描いていた。これじゃはたから見ればまるで人
間コンパスだった。けど.が異常なほど激しくなるにつれて歪んだ円は歪んだ
円でさえなくなって、自身は人間コンパスでさえなくなり、ただのできそこな
いブレイクダンスの練習をする山で遭難した惨めな小学生のように感じた。実
際その通りだった。やがてしばらくすると左足の痛みがだんだん引いていった。
体温が急に低下したせいで感覚が鈍り、患部の痛みを少しばかり緩めているの
かもしれない。.は相変わらず激しく地上を叩き続けていた。そしてコンパス
はぴたっ、と動かなくなった。





しばらく.に打たれてひどいくらいに体冷却し続けていた。上着の僅かな隙
間から.水が流れ込んできて、全身には悪寒が走り熱を帯び意識が朦朧とし始
めた。特に肺の辺りが水飴のように溶けてしまいそうなくらいとっても熱く、
なおかつ痛かった。唇は一秒間に七、八回くらいのペースでプルプル震え、口
の中でもそれより若干一、二回ほど早くガタガタガタガタ…と上の歯と下の歯
を互いに激しくクラッシュさせ合っていた。砕けるほどの威力でぶつかり合っ
ているわけでもないけれど、このままの調子でいくといつか奥の銀歯同士がぐ
にゃりと変形してしまいそうな気がした。

何処かに.宿りできる場所はないか、と瞼を微かに開いて必死に辺りを見回
した。こんな状態になってしまっては今更、もうそんな処置をしたって手遅れ
なような気がしたけれど、もし今の具合より悪化してしまったら命に危険が生
じる気配が自分の中にも、目に映る景色にさえもうっすら滲み始めてきていた
ので、残された僅かな力を振り絞って体を起こし、また転落した崖を登り切る
のにはこの体力ではいくら何でも無理そうだったので尖った岩の後ろに巨大
な妖しい靄を空に巻き上げてそびえ立つ色濃い金色の森の中へと震える体を
猫背にしてふらふらと入り、あまり頼りがいのなさそうなひょろりとした木の
棒を負傷した左足の代わりにして、何処か何処でもいいから避難場所とかろう
じて呼べるところはないかと、あてもなく探し始めた。けどそう簡.にはグッ
ドで安全で快適な場所は見つからなかった。





時計を見ようと思ったけれど辺りはすっかり闇の王国と変貌しつつあった
ので、時計盤の横にある「LIGHT」のボタンを押すと、十八時五十八分と
表示されていた。目を疑った。何者かに胸の奥を引っ掻かれたような、表面上
では軽い傷のように見えるのだけど側面から覗いてみると深くて痛々しい肉
汁がその溝に溢れ返っているような、そんなショックを受けた。喉に鼻水を叩
きつけるような鋭いくしゃみをした。何度も何度も連続したせいで鼻の奥と耳


の奥の感覚がほとんど麻痺してしまった。.の匂いも、降りしきる音でさえも
ほぼ分からなくなってしまっていた。頭はますますぼおーっとし始めてきて、
悪寒は鋭い刃先を背中へ水平に傾けて観客を素晴らしいパフォーマンスで魅
了する競艇選手のように上へ下へと鮮やかに行き来していた。

しばらくしてとうとうぐったりと倒れてしまった。疲れた。吐き気がする。
お腹が空いた。眠りたい。耳鳴りと.の音と熱と絶望のムラが残らないように
コインランドリーの洗濯機の中で洗剤無しでぐるぐると回り続け、そして溶け
合っていた。それが終了したあと、それらは今度はミキサーの中で滅茶苦茶に
踊らされていた。それが終わると次は.西諸島で発生した台風の中で同様なこ
とがなされた。 それも小さくなって消えてしまったあと、さらには子豚や子
牛や子馬らの胃の中で順番に、丁寧に消化されていった。やがてそれらは糞尿
となり、食料となり、肥料となり、死骸となり、人間や他の動物や虫や植物達
の体内へと吸収されていった。そして最後にはまた彼らの糞尿となり、食料と
なり、燃料となり、ゴミとなり、灰となり、塵となり、空気となり、水となり、
火となり、今倒れているこの地面と一体になった。視界と頭の中ではそんな光
景がドミノ倒しのように連続的に、連鎖的に浮かんでは消えては残っていって
いった。この現象は熱が生み出した蜃気楼みたいなもんだなぁ、とうなされな
がらぼんやりそう思った。

具合が悪い。堪らず目を閉じた。そして息を吐き、空気を吸った。呼吸の中
で何か機械的な、コンピューターが漏電したときに上げる悲鳴に近い声が、機
能の著しく低下した耳の奥の鼓膜を少しばかりさわさわっ、と僅かに波立たせ
た。この呼吸音は…。どうやら重度の肺炎にかかってしまったらしい。気管が
通常の半分以下しか開かれていないような気がする。だって普段通りまともに
呼吸ができないのだもの。気管はヒューヒューと木枯らしが冬の到来を告げる
ために街中を駆け回る、あの慌ただしさを十分に疑似体験するのにもってこい
の代物と言っても過言ではなかった。強烈な吐き気と悪寒がそんな体調異常に
同調した。まるで全く音程の外れたハーモニーを奏でるみたいに、たっぷりの
愛情を表現して。結構です、どうぞお引き取り下さい。体は容赦なく全神経に
痛烈な警告のアラームをやかましく鳴り響かせ、琴の弦のように繊細に震わせ
ていた。けど十分にそれに.えることはできなかった。材質がゴムでできてい
作品名:釘の靴 作家名:丸山雅史