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釘の靴

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釘の靴 作 丸山 雅史















小学校の宿泊研修で山登りに行った。季節はちょうど秋から冬にさしかかろ
うとしていた頃だった。その日の天候は少し曇りがちだったけれど、山頂まで
ハイキングコースを使ってゆっくり登ったとしてもせいぜい一、二時間ぐらい
しかかからない程度の高さだったし、他にもたくさんの登山客がやって来てい
て賑やかだったのでウキウキ気分だった。

「こんな山なんか大したことないよ、へっちゃらさ」

と、まるで怖い者知らずのような風を気取って、また末当にその子供時代特
有の一種の好奇心みたいなものもあって、午前十時を少し過ぎたのを確認する
と、僕達は初っぱなからペースを飛ばして運動会の障害物競走みたいな感じで
山登りを開始した。

川を横切り、トンネル状の樹林を抜け、お花畑で香ばしい匂いを嗅ぎ、ガレ
場を注意深く突き進み、途中何度か休憩を挟んでやっと山頂についたのはちょ
うど正午頃ぐらいのことだった。僕達は記念碑の前でインスタントカメラで仲
良く写真を撮り、そこから少し離れた場所にある休憩所にシートとお弁当を広
げてワイワイ、ガヤガヤと、とても愉快で素敵な時間を過ごした。





一時間程経ったあと山を下りることになった。空模様が急に悪くなってきた
からだ。休憩していた他の登山客達も、大降りになる前に早めに下山したほう
がいいと思ったのだろう、そそくさとお弁当や水筒やシートをリュックサック
にしまい込んで、駆け足で元来た道を下り始めた。どさくさに紛れてその列の
最後尾についた。

下山を開始してからちょうど二、三十分ぐらいしてからだったろうか、突然
激しい.が降り出した。クラスメイト達はでこぼことした斜面を注意深く歩き
ながらリュックからフード付きの厚めのウィンドブレーカーや.合羽や、百円
ショップの地味なカラーの折りたたみ傘やら色々なもので体を.から防いで
いた。けど僕だけは汗拭きタオルで頭を覆っていた。なぜならそれ以外の防.
対策道具、全てを家から持ってくるのをすっかり忘れていたからだった。昨日
の夜、明日の準備もろくにせずに布団に入ってしまったせいで。だって、まさ
か.が降るなんて考えもしなかったのだから。末当なら最終確認しなければな
らないはずの今朝でさえうっかり寝坊してしまい、リュックサックの中身をチ
ェックする時間がほとんどなかったせいもある。昨日の夜、とってもおもしろ


い番組が放送されていて、それを見ていたばかりにすっかり夜更かしをしてし
まったのだ。リュックの中にはお弁当と水筒とペットボトルとお菓子と.物し
か入っていなかった。頭の中は登山に対して全く甘い認識しかなかったのだ。

.は一段と強さを増し、下山の妨害をした。上半身は黒のウィンドブレーカ
ーを着ていたのでまだなんとかなったのだけれど、頭に巻いていたタオルはず
ぶ濡れになってまるで役に立たなくなってしまった。今さらになって自分の楽
天的で面倒くさがり屋な性格を憎んだ。しかたなくそのタオルをよく絞って右
腕に巻き付け、緊急の処置としてお昼ご飯のときに休憩所で.いていたビニー
ルシートで全身の包みこみながら、みんなに遅れまいと必死になって食らいつ
いていたのだけれど、何かの拍子でビニールシートの端っこに足を滑らせて体
のバランスを崩し、一行とは全然違う方向へぬかるんだ岩場の急斜面をゴロゴ
ロと転がり落ちていってしまった。眼をもの凄い勢いで回しながら、自分が日
末昔話の「おむすびころりん」に出てくる、塩をまぶしただけのおにぎりにな
ったような気分になった。そしてそんなことを思いを抱きながら意識はきれい
さっぱり何処かへ飛んでいってしまった。









しばらくしてからやっとのことで意識を取り戻し、上体をゆっくり起こして
みると、湿りきった落ち葉の山でうつ伏せになっていることに気がついた。目
の前には先の鋭く尖った、ちょうどクラス担任の太っちょ先生の大きさぐらい
のばかでかい岩が背中に小さな水溜まりをのせてのっしりと立ちそびえてい
た。思わずぞっとした。そしてしばらく心臓が暴れ馬のように平常通りの落ち
着きがなかった。ぶるぶると身震いをすると頭の上や肩からぱらぱらと腐った
黒っぽい葉がたくさん落ちてきた。頭がまだぼおーっとしている。鼻の中は秋
の山の香りで一杯になっていた。

無意識のうちに溜め息をついた。そして大きく深呼吸した。土のヒヤリとし
た匂いが一瞬、ひどく安堵させ、頭の中をスッキリさせた。何ヶ月もベトベト
な汗をたっぷり吸い込んで、じめじめとしたシーツを変えていないベッドのよ
うな落ち葉の山の上にもう一度うつ伏せになって、両足が果たしてちゃんとま
ともに動くかどうか後ろを向きながら持ち上げたり降ろしたりバタバタさせ
たりして確かめてみた。左足がかなり痛くて、学校の理科室に置いてある試験
薬のような、青紫色に腫れあがった膝に力を入れることが難しかった。立ち上
がってゆっくり歩けるくらいならなんとかできそうだったけれど、走ったりジ
ャンプしたりすることは到底できなさそうな気がした。もしかしたら骨に少し
ひびでも入っているかもしれない。けど、それほど重傷でもなさそうだった。





僕はでんぐり返しをして不完全な仰向けになり、視界にスライドしてきた秋


空を見上げた。.はいつの間にかすっかり止んでいた。けどそのことは空を見
てその存在に改めて気づいたきに初めて分かったことだった。落ち葉が濡れて
いたり空気の湿気が幾分高いことは意識の隅っこのほうで目を覚ましたとき
からなんとなく理解していたにもかかわらずだ。腕に縛っておいたタオルが無
くなっているのにも今になってようやく気づき、両手を広げてもう一度深呼吸
をした。息を吐き出すと、空気を吸い込んだときに口の中から肺までにある管
という管の全てに付着した.水の滴がぷるるるるるん、と微かに震えたような
気がした。そしてその感覚をなんだかとっても気持ち良く感じ、痛みの伴う左
足をかばいながら落ち葉のクッションからゆっくりと降りた。

岩の近くに手頃な木の棒があったのでそれを杖代わりにすることにした。身
震いをした。手の甲に生まれたての鳥肌が見える。息を吐いた。真っ白。寒い。
ただただ寒い。デジタル腕時計を見た。十七時三十八分。どのくらい意識がな
かったんだろう。

「…もう下山してるよな、きっと。途中で気がつかなかったのかなぁ、みんな
とはぐれたこと。あぁ、でもあのときはたしかすごい.降ってたからなぁ。気
がつかなかったのも無理ないかな…でも今は絶対気がついてるはずだよ。そし
て道に迷ったことを誰かに伝えてくれているに違いない。たぶん……。

あいつらは僕を見捨てるような白状な奴等じゃないさ。もし万が一、無意識
もしくは意識的に蓄積させていたもしくはされていた日頃の恨みやストレス
の仕返しをしようとして、みんなで力を合わせて遭難させたことを誰にも言わ
ないでおこうという意地悪を企てたにしても、そんなことはすぐに百パーセン
作品名:釘の靴 作家名:丸山雅史