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金木犀の手

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彼女はどちらかと言うと、地味な印象だったのです。そのくせ、私はここにいるのよと言った類いのオーラを静かにですが、あくまでも強かに放っていたのです。私は初対面で、軽く諌められたような記憶があります。人見知りのようにも見えましたが、実は奇妙な対比感があったのです。けれど、私はなかなかそれに気付けなかったのです。
「あなたといると落ち着くわ。それに、彼の話題って尽きないものね」彼女は儚気に微笑んだものでした。
 そもそも私が彼女と親しくなりだしたのは、間に長瀬さんがいたからでした。

 少し肌寒くなった澄み切った風の中を長瀬さんはまるで山にでも登っているかのように颯爽と歩いていきました。私は後から急いでついていきましたが、彼方此方で道草をして立ち止まってしまい、結局彼が引き返してくる事になるのです。
「君とは歩調が合わないね」
 私は合わせようとも思っていなかったのかもしれません。どうせ長瀬さんは私とは今だけなのだから。でも、だとしたら彼が何を思って歩調の合わない私と付き合い始めたのかがよくわかりませんでした。長瀬さんは私から見ると、全く別の世界の人間みたいだったからです。流れに巻き込まれるような形で私と長瀬さんは何となく付き合い始めました。どんなきっかけだったのかはわかりませんし、ハッキリとそんな事を言われた訳でもありませんがそうなっていたのです。
 そして、あまり多くを語らない長瀬さんに私は一陣の不安を常に抱き続けていました。それはこの付き合いに本気になるべきか否か。何故なら、彼には家庭があったからなのです。
 そんな付き合いのほとんどの最後はあまりによく知られていました。泥沼になる事も。好きな者同士は結婚する確率が高いと言う事と同じようにあまりに一般的でした。ですが、彼はそんな私の不安を他所に、まるで不倫の関係がないような事を言ったりしたりしていたのです。

「長瀬さんは変わらない。もうずっとあんな感じよ」
 彼女は上品に紅茶を啜りながら伏せ目がちに言いました。例の如く長瀬さんとの最近の事を相談してしまった私は、その様子と言葉をただぼんやりと眺めていましたが、努めて明るく言いました。
「そうなんですね。ずっと、あんなくたびれた山熊みたいな感じなんですね」
 彼女は少し笑って返しました。
「そう。少なくとも私が会った時からは変わっていないわ。ずっと、少し変わったとても純粋な人よ」
「そうなんですか・・・」
 後半の事はわかる気がすると思いました。彼女は長瀬さんの事を本当によく見ているのだなとも思いました。
「でも、時々嫌なところもけっこうありますよね?」
「あるある。あの人知らずに人を虐めたりしてる事もあるのよ。私も何回かあったわ。あとで反省して、謝ってくれたりもするんだけど。その時は本当に傷つくわ。私はあの人にそんな事言われるくらいに、一体何をしたんだろうって」
「そんな時、私なら簡単に謝っちゃいますよ。とりあえず言っとけばいいので。その後にどうしてか聞きます。それで、自分にも思う所があればちゃんと言います」
「へーそうなんだ。しっかりしてるのね。私にはそれが出来なかったわ」
「今度そんな事があった時に試してみればいいですよ」
「そうね。 そうするわ」
「それにしても、趣味の良い部屋ですね」
 私は彼女の部屋を見回しました。古い平屋を上手にアレンジして女らしく小綺麗に部屋を作ってありました。所々センスの光る柄のカーテンや花が効果的に配されていて、無造作に乱れている布団までがなんとも可愛らしかったのです。ぐるりと見て回って、何とも洒落たランプを枕元に見つけました。
「これ、すごく良いですね」
「ああ。これは長瀬さんに貰ったの。良いでしょ? 他にも幾つかあるわ」
 彼女はそう言うと、部屋の中にある色々なものを指差し始めました。成る程かなりの数の本や雑貨やらがそうだったのです。
 長瀬さんの周りには実に多種多ような友達や知り合いがいました。昔からの繋がり。仕事の繋がり。行きつけの飲み屋の繋がり。知り合いの、その又知り合いの繋がり。音楽関係の繋がり。近所の繋がり。本当にたくさんの友達がいたのです。
 長瀬さんはその全ての友達に平等に接して平等に色々な事をしていました。もちろん手伝いをしたりもしましたし、困った事の力になったりもしてました。彼女と長瀬さんは、行きつけの店や音楽を通じて知り合ったと以前聞いた事があります。
 私は、彼女もそんな中の一人なのだと私は勝手に思っていました。だから、敢えて何も聞こうとは思わなかったのです。話題が長瀬さん中心でも、私が長瀬さんの事を話せるのは彼女しかいないですし、私の気持ちも長瀬さんの気持ちもわかってくるのは彼女しかいないと思っていたところももちろんありました。
 実際彼女は、そんな私の話を面白そうにいつも聞いて答えてくれていたのです。それだからこそ、時々出る彼女の不可思議な発言に疑問を持たなかったのです。私が自分の事しか考えていなかったというのもあります。
 初めて彼女に長瀬さんとの話をした時、彼女は黙って、途中から涙をこぼしながら聞いて、聞き終わると「少し、外に行ってくるから」と言い残して、不意に外に出て行ってしまったのです。
 ちょうど長瀬さんのお店で音楽の打ち合わせがあった日でした。彼は雑貨のセレクトショップ兼音楽のレンタルスペースの店をしていました。彼女はなかなか戻っては来ませんでした。長瀬さんが心配して私に彼女になにか言ったのかと聞いてきました。私はとっさに言っても良かったの?と聞き返しました。
 その頃、私は長瀬さんとの事が本当に辛くてしんどくて、誰かに聞いて欲しくて仕方なかったのです。そんな折に長瀬さんに近い彼女と仲良くなったのです。
 弱っていた私にとって、彼女は大らかなお姉さんと言う感じでした。いつでも心配してくれて、優しかったのです。長瀬さんの事もいたずらっ子のような感じで見ている感じがしたのです。私は彼女ならきっと気持ちをわかってくれると、思いきって話したのです。
 彼女は1時間程経ってから、目を赤く腫らして戻ってきました。本当なら、その時点で私が気付かなければいけなかったのでしょう。私は何だかわからないけれど彼女を傷付けてしまったと、後悔しました。彼女が話を聞きながら泣いていたのは私の話に共感してくれたのだと思っていたからです。けれど、彼女は一人で泣きたくて出て行ったのです。
 別れてすぐに私は彼女に謝罪のメールをしました。すると彼女からすぐにメールが返ってきたのです。
「さっきはごめんなさい。あなたの辛い気持ちは充分わかるわ。気にしないで。私でよければいつでも話してね」と。私は安心しました。良かった。彼女を傷付けたわけではないらしいと。
  何が原因か、何の因果かはよくわからないのですが、少なくともその事件があった事が大きな影響だと思います。それから後、彼女と更に親しく打ち解けるようになってからでした。それが時々ちらつく様になってきたのです。
 私達は何回かお互いの家に遊びに行って、頻繁に食事をして、長電話をしました。もちろん話の中心はいつも長瀬さんでした。
作品名:金木犀の手 作家名:ぬゑ