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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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「…………それで、」
 紅也は俺が黙っていることを確認してから、早倉井先生に言う。
「その――……遺言とは?」
「それが……」
 俯く先生。紅也と俺は、じっと次の言葉を待つ。
「分からないんだ」
「え? 分からない?」
「ああ。ハイラちゃんの記憶障害については、君たちも知っているだろうけど……それが発症したのは、朱露が死んだ、その時なんだよ」
「と、いうことは……」
 そう、と先生は肯いた。
「ハイラちゃんは、朱露の死の直後に、それまでの記憶を綺麗さっぱり……忘れてしまったんだよ」
『私、不定期に記憶喪失になるの』
 まさか、そんなに幼い時から? 四歳までの記憶を……。ということは、それから十三年間も。
『それ』が自分の『日常』と化してしまう程の年月を……
『そうやって』過ごしてきたというのか。
「その――……四歳までの記憶を失くしたということを……咲屋さんは知っているのですか?」
 紅也の問い。
「いや、自覚していないようだ。彼女は、朱露の死のショックによって記憶を失ったのだと僕は考えている。朱露の存在を自分自身から消すために、朱露といた四年間の記憶を、無意識のうちに閉じ込めたのだろう」
 淡々と。
 早倉井先生は話す。
「そうする内に、一ヶ月が過ぎた。二人の両親はハイラちゃんを虐待したりするようなことはなかった。ちゃんとした家柄の人たちだったしね……そういうところはしっかりしていたんだろう。彼らは、ハイラちゃんが朱露のことを忘れてしまっていることに気付いていた。でも、時間が経てば回復すると信じていた……」
 そんな折。
「ハイラちゃんは、幼稚園である事件に遭遇した」
「ある事件……?」
 紅也は呟く。
「…………まさか、それは……」
「いや、そうと決まったわけではないよ、紅也君。でも……その可能性は、とても高い」
 沈んだ表情で、深刻そうな声で。先生と紅也は話を進める。が、俺には何のことやらさっぱりだった。完全に置いてけぼりをくらった形の俺は、二人を引き留める。
「なんだい? 雨夜君?」
 先生は不思議そうな顔で聞く。紅也は俺の横で、憂いを帯びた表情で目を伏せている。こうして見ると――つまり、紅也が大人しくしていると、という意味だが――まるで西洋人形のようである。一度口を開くと厭味と皮肉とからかいの連続であるので、いつもそうであって欲しいものだ。……あ、睨まれた。
――ええと、つまり、その……事件、というのは?
「ああ……、分からなかった、かな。そうだよね……御免御免」
 力なく笑い、先生は続ける。
「ハイラちゃんの幼稚園の男の子が、誰かに暴行を受けたんだよ」
――暴行……?
「ああ。それはもう見ていられない程の傷を、体中につけられたらしい……。その時、ハイラちゃんは彼の傍に」
 すぐ傍に。
「いたんだ」
 それはまるで、彼女が彼を壊そうと――殺そうと――したかのような。
 そんな、現場だった。
「男の子はハイラちゃんのすぐ前で倒れて、ぶるぶる震えていたという。怯えた目で、ハイラちゃんを見つめて、口を震えて……もう動くはずのない脚を、必死でハイラちゃんから遠ざかろうと動かそうとして、砂場の砂に、埋もれるようにして……。恐怖にとらわれた彼は、ハイラちゃんから『逃げようと』していたそうだ」
――咲屋から逃げようとしていた……? それは――。
「騒ぎを聞きつけた先生方は、最初ハイラちゃんを疑ったらしい。でも、ハイラちゃんは否定した。男の子と同じ様に」
 とても恐ろしいものを見てしまったかのように、震えて。
 何かを酷く怖がるかのように、目を見開いて。
「だから、誰もハイラちゃんをそれ以上追及しなかった。女の子にそこまで非道な暴力が振るえるとは思えないしね。男の子は病院へ送られ、ハイラちゃんはある証言をした。男の子に暴力を振るったのは、黒ずくめの男である、と。その男もある日逮捕され、全ては終わったかに見えた」
 でも。
 裏側では続く。