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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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「……先生は、似てるんです」
「似てる? ……誰に?」
「それが、思い出せないんです」
「…………」
「思い出したいのに、どうしても思い出せないんです。暖かくて、優しくて、とても大好きだったひとなのに。思い出したいんです、その人のことを。その人がどこの誰で、今どうしていて、そしてどうして私はその人のことを忘れてしまったのか。思い出したいんです。どうしても」
「…………」
「先生は、その人に似ていて……一緒にいてくれたら、思い出せそうな気がするんです」
「…………」
「でも、」
「……でも?」
「怖いんです。私は今、『思い出したい』と思っている。でも本当は、『思い出したくない』のかもしれない……。先生、私には分からないんです。『思い出せない』のか、それとも『思い出すことを私自身が拒否している』のか」
「…………」
 サクライ先生は、私のつたない言葉にじっと耳を傾けてくれた。余計な言葉を一切挟まず、ただじっと。
「…………」
「私が話したいのは、これだけです」
 私が言葉を終えると、先生は、真面目なカオからいつもの笑顔に戻り、そして言った。
「これからは、僕がいつでも傍にいるからね」
 にっこりと微笑むサクライ先生の姿が滲み、ぼやける。
「えっ……ちょ、ハイラちゃん?」
 慌てたような声。それがどこか可笑しくて、涙を流しながら、私は笑った。泣きながら笑った。
「御免ね、僕、何か悪いことを言ったのかな。医者の癖に、子供を泣かせていたんじゃ、失格だよね……」
 慌てながら謝る先生に、私は首を振った。
「私の大好きだった人も、そう言っていたのを思い出しただけです。……先生」
「ん?」
「先生は、私の記憶の中から、消えていなくなったり――しませんか?」
「……それは……」
 怖かった。
 自分で聞いてみた癖に、答えを聞くのが、たまらなく怖かった。
 目を伏せ、言葉を探す先生を見つめながら、私は怖くて怖くて、震えていた。
 私の記憶の中から、抜け落ちていったモノたち。いつの日かその中に、先生まで含まれてしまうのではないだろうか。いつの日か、私は先生のことも、思い出せなくなるのではないか。それこそ――
 昔私が大好きだった、××××××のように。
 昔、私の記憶の中に確かに存在していたはずの、××××××のように。
 私は、私が知らないうちに、崩壊していく。ばらばらと。音も立てずに、砂のように。記憶が、損なわれていく、失われていく。
 痛みを伴わない喪失。心のどこかで、悲鳴を上げる記憶。
 でも、痛まない。まるで、麻痺してしまったかのように、私は変らない。私の記憶は、私の知らないものになっていく。
「僕は」
 先生が、私の頭に手を置き、静かに言った。
「僕は、君に忘れられたくはないよ」
 その言葉が、どんなに嬉しかったことだろう。その言葉を、どんなに渇望していたことだろう。私に、忘れて欲しくないと、言ってくれた人。それは先生で、二人目だった。
「先生。……有難う御座います」
 小さな声で、呟くようにしか、声が出なかった。安堵の涙が止め処なく溢れてきて、それ以上、声が出せなかった。嬉しかった――××××××とまた、巡り合えたかのように。××××××のことを、思い出せそうな気がして。
 でも、怖かった。私に忘れて欲しくない、と言ってくれた一人目――××××××のように、先生のことも、思い出せなくなるような予感がして。
 暖かくて、優しくて。
 そして、あの人に似ている。あの人と、同じ雰囲気を身に纏っている。
 だから、私はその日のうちに、父よりも母よりも、世界中の誰よりも――
 サクライ先生のことを、大好きになった。