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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|42ページ/140ページ|

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 大人数の検察官が降ってくる。一瞬首をかしげたスワンだったが、すぐにその意味を理解した。スワンは猛スピードで進んでいた錦鯉バイクに急ブレーキをかけ、空中で停止した。
「気が利くじゃん。ギリギリセーフだな」
「スワンは開き直ったのか、警戒態勢を解き、ただ何もせずに立ち尽くしている。これまで怒濤の快進撃を繰り広げていたスワンもこれで終わりか!」
 検察官達は、スワン目がけて放たれている矢を体で受けた後、壁際の階段に陣取っている陸軍十等兵達の所へ降り立った。また、数名の検察官は、空軍十等兵に向かっていった。
 そして、次に繰り広げられる光景は、十等兵達にとってトラウマになりかねない凄惨なものだった。
 検察官達全員が、目の前にいる十等兵達に抱きつき、ある部分をまさぐりだしたからである。
「君は、青い果実……熟れた果実にはない甘酸っぱさが……」
「止めてください……何を考えているんですか!」
「初々しい……」
 十等兵達は、この検察官達が本当の検察官だと思っている。でも、真相は……
「マユちゃん。うまくいったかな」
「多分うまくいっているよ。愚者のカードには、ダニーだけじゃないんだよね。下っ端天使もたくさん入っているから使えるかなーってね。それに下っ端天使でも、ここにいる兵隊天使よりも格上だろうし」
 マユのカード「愚者」の幻影だった。マユのカードに入っている幻影は、全て男性を卑猥な方法で襲うようにプログラムされている。異性との秘め事さえタブーとされている天使社会にとって、同性愛は更にその上をいく不浄な行為とされている。マユが地獄に堕とされたのも、この考えによるものであった。
 しかし、裏を返せば、天使にとって致命的な弱点になる。マユは、このバベルの塔を攻略していくに従って、自分の個性的な趣味が大きな武器になることに気付きつつあった。
「これはまさに地獄だ。数百名の陸海空十等兵が、数百名の検察官に襲われている。しかも……言葉には表すことはできない淫猥な方法でだ! 一体どうしたのか。私は全く理解できません。さまに地獄絵図だ! 天使達同士が巻き起こす地獄絵図!」
「ほらね。スワン君がやばくなったとか言ってないでしょ? 私の幻影君達がうまくやっているよ。それにしても、検察官と兵隊との秘め事……想像しただけでもよだれが出る……じゅるり」
 同時に、マユの背後から、検察官と十等兵のペアが十数組、空中からボトボト降ってくるや否や、熱く絡み始めた。マユの妄想が作り出した幻影である。
「マユちゃん!」
 ハルの言葉で我に返ったマユは、
「あ……ごめんごめん」
 とおどけながら、十等兵の幻影にふれると、カードの中に封じ込めた。
「兵隊さんもゲット」
 手にしたカードは検察官と十等兵の一組が熱く悶える「恋人たち」のカードだった。
 カムリーナの実況やマユの言葉を聞いた罪人達は言葉を失った。スケールの大きすぎる変態の所業に頭がついていけなかったからである。
「何よ〜みんな。もっと私を褒めなさいよ。私のお陰で助かったというのに、テンション低いんだから」
「ただ今情報が入ってきました。この検察官達は、マユによる幻影だそうです。タロットカードの絵柄を実体化する能力。しかも、全てマユのいびつな欲望に溢れた不浄なもの。マユの変態的特性が白日の下に晒された!」
「マユちゃん、報道官様が皆さんに言っちゃったよ。大丈夫かな?」
「大丈夫なんじゃない? どうせ種明かしされたところで、天使のうぶな性格はそのままだからね」
「そうかな?」
「だって、ハルだって幻影と分かっていても、目を背けるじゃん」
「あ……そうだね……」
 マユの予想は当たっていた。カムリーナの実況を聞く余裕がなかったこともあるが、十等兵にとって、目の前の存在が本物かどうかは関係なかった。淫猥なことに全く免疫がない十等兵達にとって、それが幻影だと分かったとしても、耐えられない嫌悪感から逃げることができないからである。
「つか、報道官まで私のことを変態だって!」
 マユの言葉を聞いて恫喝されると思いワクワクしながら次の言葉を待つカムリーナだったが、
「分かってるじゃない。変態は褒め言葉。やっと私のことを理解できるようになったよね」
 期待を裏切られた絶望感で大きくうなだれた。それを軽蔑の眼差しで見つめるトロン。トロンの目には、カムリーナもマユに劣らない変態に映っていた。
 同性の秘め事に免疫がないのは、何も天使だけではなかった。スワンも同様だった。スワンにとって、自分の位置から見える風景全てが見るに耐えないものだった。自分の助けになったとはいえ、あまりにも戦慄を覚える風景が広がっていたため、早くこの場を去ろうと、震える手を押さえながらやっと錦鯉バイクを走らせた。
「助かったけどありゃーやりすぎだよ……一生のトラウマになるな……絶対」
 スワンはまだ鳥肌が治まっていない。あまりにも強烈な風景だったため、脳裏から消えないままだった。動揺が続き冷静な判断が暫くできなかったが、皮肉にもそのトラウマの原因であるマユの幻影により十等兵達を捕捉したため、特に攻撃されずに進むことができた。
 そのため、どうにか気分を落ち着かせることができたスワンは、一時、錦鯉バイクを止め、結界をはることにした。
 掌から小さな錦鯉を四匹出し、その口から水を出すというインドラの矢をしのいだ時にはった結界だった。敵がいないことで、結界をはることに集中することができた。
 程なくして結界をはり終えたスワンは、立方体の水の中に浸かりながら再度錦鯉バイクを動かした。
「先ほどまで絶対絶命だったスワン。マユの変態幻影で難を逃れた! 更に錦鯉結界をはることにより、守りを固めることに成功した。奇跡としか言いようがありません。天使軍数百の包囲網をくぐり抜ける罪人は未だかつていません」
 カムリーナの言葉を聞いた罪人達は、歓声をあげた。自分達はやれる。絶対服従を余儀なくされていた天使達にだって団結すれば立ち向かうことができる。ハル・マユ・スワンの活躍は罪人達にとって希望の光だった。
 十等兵達からの邪魔がなくなった上に、結界をはることができたことで余裕が出てきたのか、スワンは悠々と進んでいた。
「こりゃあ後は楽勝だな」
 この余裕に満ちたスワンの言葉がスピーカーを通してバベルの塔中に響いていた。
「白鳥君ってば、危険がなくなったらすぐ調子に乗るよね。私が助けなかったらやばかったくせに」
「マユちゃん……」
「マユの変態技により難を逃れたスワンは、結界をはり、より守りを強固なものにした。それにしても、危機を乗り切ったとはいえ、あまりにも横柄な態度です。楽勝とまで言っています。これは全天使に対する挑戦状でしょうか!」
 流石にカムリーナもスワンの言葉を見逃さなかった。常に罪人より優位に立ち、威厳を保つ必要がある天使にとって、スワンの言動は許されるものではなかった。結果的にスワンの言動は天使達の闘志に火を付けることになった。しかし、未だマユの幻影に襲われている十等兵達は完全に戦意を喪失したままだった。
「ほらね。天使にだってプライドあるんだから、あんなこといっちゃったらやばいって。今度は助けな〜い。身から出た錆でしょ」