小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
ツカノアラシ@万恒河沙
ツカノアラシ@万恒河沙
novelistID. 1469
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ぐらん・ぎにょーる

INDEX|5ページ/29ページ|

次のページ前のページ
 

しんちゅうあそび




久しぶりに事務所に顔を出すと、事務所を任せきりになっている腐れ縁の所員から小言に近い厭味と近くの川に変わって屍体が上がったと言う話を聞いた。私はそれほど興味がなかったが、飼っている『少女』が見に行きたいとしきりに可愛い声でねだるので仕方なく散歩てがら見物に行く。黒檀のように黒くて長い髪、血のように紅い唇に雪のように白い肌。銀糸で刺繍された白い振袖を着、黒い帯を締めたまるでお人形のような『少女』を横抱きにし、上体を起こしたまま両腕を私の首に巻き付かせる。ぽっくりを履いた足がぶらぶらと揺れた。『少女』は一人で歩けないわけではないが、小鳥を鳥篭に閉じ込めてしまうように屋敷に閉じ込めて滅多にこちらに出てはこないので、外が物珍しいのか逃げ出すワケではないが眼を離すとすぐに一人で何処かに行ってしまう。そして、何処かへ行ってしまって、私が探して迎えに行くのをにこにこと笑いながら待っているのだ。
橋の下の川面に浮かぶは男の屍体。
ゆらゆらと水面には、左手に赤い紐を結んだ男の屍体が浮かんでいる。男の左手に結ばれた赤い紐の先には誰もいない。ひとりきり。水面に見え隠れする男の顔に浮かぶは、うっとりとした笑み。ひとり心中。この街の住人は余り積極的に官憲と関わりたいと思っている者が少ないため未だ放置されているのだろう。ゆらゆらゆら。男の屍体は流れの遅い水面が揺れるのに合わせて浮き沈みしながらゆらゆらと揺れていた。
男の屍体を二人で暫く見ていると『少女』が私の背広の襟を軽く引くと、橋の袂の柳の方を指差した。『少女』はにこにこと楽しそうな笑みを浮かべている。『少女』が指差した先には、藍と白の市松模様の着物を粋に着た美しい女が立っていた。目の下の黒子が色っぽい。女は私が女を見ている事に気がつくとトロリした笑みを浮かべる。男心を擽るような非常に魅惑的な笑み。女はゆっくりと私達に近づくとと、媚びるような下目使いでセンセと私の事を呼ぶと私の腕に触った。因みに私は自他共に認める女にだらしないタチだが、残念ながら私と彼女は知り合いではない。
「センセもアレを見ているんですね」
女は私の腕を放し橋の欄干に膝をついて凭れかかりながら橋の下の男の屍体を指差して、ほくそ笑む。にぃっと、女の唇の両端が引き攣るような三日月のような笑み。女は屍体の男に悪意でもあるかのような笑みを浮かべていた。私は女の隣に行き、同じく橋の下を眺めなら女に尋ねた。
「随分と見ていたようだけど、姐さんの知っている奴かい」
「いやね、馴染みの客に良く似ているんですよ、あの屍体。あら、随分と可愛らしいお嬢ちゃんね。センセのお子さん」
女は首を振ると、ここで初めて『少女』に気がついたような顔をして私に尋ねた。『少女』と私が親子に見えないのは解りきっているが、答えるのは面倒くさい。さて、どうしようかと考えて私が答える前に『少女』が口を開く。
「コレは家来」
『少女』は私を指差しながら女に向かって可愛らしい声で抗議した。可愛らしい声だが、『少女』の口調や立ち振る舞いは妙に威厳を持っている。私は空いている手で顔を半分隠しながら、少し天を仰ぎ「あああ」と溜息のような声をあげた。確かに間違っていなが、物は言いようと言うものがある。そう、あの時から私たちはずっと主従ごっこをしている。主が『少女』で、私は『家来』。
女は一瞬、戸惑った顔をすぐに冗談だと思ったらしい。女は目尻に涙を浮かべ口に手を当て、大仰な動作で笑い出す。躯を二つ折りにし、腹をよじって笑う女の姿。女は目尻に浮かんだ涙を拭いながら身を起こした。そして、女は『少女』に向かって揶揄かっちゃ駄目よと言う。『少女』は女の言葉に珍しく、頬を膨らませ口を尖らせて怒ったような表情をする。可愛らしい表情。しかし、『少女』は更に何か辛辣な事を女に言おうとしたので、『少女』の可愛い口を空いている手で塞いだ。『少女』は抵抗してに私の指に噛み付くが、掌でした口の蓋は外さない。そうでもしないと、『少女』は女が先程笑った事を死ぬほど後悔した挙句に川に身を投げてしまうような事をするに違いない。勿論、私個人としてはそうしても構わないが、ここは大人しくして貰った方が得策のような気がする。
「この子の言う事は気にしないで下さい。それにしても、他人の空似の割には凄く嬉しそうな顔をしているじゃないか」
私は女に向かって言った。少女が眦にうっすらと涙を浮かべ掌の下で私に向かって無念そうに何か抗議しているが、私は気づかなかったふりをする。
「嬉しそうに見えますか」
女が小首を傾げて問い返す。私は軽く頷いて女に言葉を返す。
「嬉しそうに見えるね」
「あの屍体の男が遠い昔に私を裏切った男に似ているからでしょう」
女は着物の袖で口元を隠しながら、くすくすと声を立てて嗤った。気のふれたような厭な嗤い方。そろそろ関わりあいを止した方が賢明かもしれない。私は別に女は怖くはないが、あまり深く関わりたい話でもない。そもそも『少女』の好奇心がある程度に満たされればそれでおしまいな話なのである。私は女の言葉に下手な事を言って、薮蛇にならないように気のない曖昧な相槌をついて言った。
「だから、殺したのか」
「はい、だから殺しました。一緒に死にましょうと誘って死へと誘いました。何が悪かったでしょうか」
私の問いに女はくすくす笑いを止めて能面の泥眼のような顔でにたりと嗤ったのである。女の目の色がすっかりおかしい。
「いいや、私には関係ないし、好奇心が満たされた今じゃ興味もないね」
私は取り付く島もないような口調で女に言って、事務所に戻ろうと女にくるりと背を向けた。『少女』が私の腕の中で聞き分けなく未だじたばたと何かしたそうに暴れているが無視をして押さえ込む。少女はいざ知らず、私はすでにすっかり興味を失っていた。
「センセ、お名前は?」
女の問いかける声。ねっとりと躯に纏わりつくような媚びた口調で女は私に問いかける。
「残念ながら、私はそこの男の二の舞になる気はないね」
私は立ち止まって振り返り、腐れ縁の事務所所員から『女殺し』と揶揄される笑顔を浮かべて女に向かって言ったのだった。女は恨めしげな顔をすると、低い声で「ひとでなし」と言い陽炎のようについっと消えた。今までそこにいたのが嘘だったのかように女は消えたのだった。私達はその光景に驚きもせずに事務所に帰ったのだった。これ位で驚いていては、ここでは暮らしていけない。

あれから年月が流れ、元々あった事務所とは別に設えた事務所で私が紅茶を淹れていると、腐れ縁の所員の鬼堂篁が朝帰り姿のまま事務所の奥の書斎にやって来た。
篁は首の辺りをしきりに揉みながら、近所の川に赤い紐で片手を括った男の屍体が上がった事を世間話として話す。あそこにゃ、定期的にそういう屍体があがるんだよななどと言いながら篁は背広の上着をソファに投げかけてだらしなく座り込んだ。
彼女の行儀の悪さに私が軽く睨むと、彼女は頬をひくつかせながら「いーじゃないか」と言いながら目線を逸らす。篁の言葉に今まで大人しく読書をされていた玲様が頁を捲る手を止め机に膝をつき掌に顎を乗せた姿勢で顔をお上げになる。玲様は面白そうな顔をされていた。
「ああ、あのお姉さま。まだやってるんだ」