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「聖バレンタイン・デー」

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 どうしてそういう発想になるのか――。バレンタイン・デーとはそもそも女が、男に、チョコレートを送るものだろう。何が悲しくて男が男にチョコを手作りせにゃあならんのだ。
「チョコが欲しいなら、碧嶋(あおしま)先輩にでも頼むんだな」
光はふと思い浮かんだアイデアを口に出してみた。
 「美希(みき)ちゃん先輩?」
 碧嶋美希は彼らの二つ上の先輩だ。どういう「タネ」を持っているのかは知らない――いや、考えたくもないことだが、彼女は、およそ常人が考える「何でも」を、「出す」ことができた。
 「そっか、美希ちゃん先輩ならチョコのお城でも出してくれるかも」
 原寸大でな。と、光は心の中で付け足した。
 碧嶋美希ならやりかねないし、松本王子なら強請(ねだ)りかねない。どっちもバカだな。
 光は「原寸大チョコの城」を妄想してうっとりしているのだろう王子を置いて帰りを急いだ。
 「ちょっ、待ってよ、天ちゃーん。俺、やっぱ、天ちゃんの手作りがいいー」
 王子はしあわせな妄想を、わかりやすく手で振り払って、光に追いすがった。
 光は胸のポケットから煙草を取り出し、学校のすぐ近くに建つ、彼らが住むマンションの玄関ホールの前で火を付けた。
 追いかけてくる王子を待って、その鼻先へふうーっと煙を吐き出してやる。
 王子は煙をまともに吸い込んで派手に咳き込んだ。
 光はその隙に玄関ホールに入り、そこの灰皿で煙草を消すと、エレベーターに乗り込んだ。
 王子を振り切るための常套手段だったが、何度やってもひっかかる。懲りないというか、――学習機能が付いてないんだな。
 光はいつものようにエレベーターの壁により掛かってため息をついた。


 「遅い」
 何やってんだあいつは。
 光が帰宅して三時間。マンションの入り口まで一緒に来ていたはずなのに王子は帰ってこなかった。
 自分で振り切っておきながら、帰ってこないとなると心配しなければならない。気まぐれな王子にもむかつくが、そんな王子のことをいちいち気にしてしまう自分の性分にも腹が立って仕方がなかった。
 あれほどチョコチョコチョコチョコうるさかったのに。
 光は自分がもらったチョコレートを溶かして作ったチョコレートケーキを忌々(いまいま)しげに睨みつけた。
 自分のバカさ加減に涙が出そうだ。