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管理人さんはマイペース

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 さすが管理人だけあって、私が忘れようとしていたことまでもきちんと目を通している。
 しかし、ふと私は疑問に思うことがあった。
「ところで、あなたが管理人だっていう証拠はあるんですか? もしかしたらあなたもグルかもしれない。そもそも、私はあなたに名前も素性もバレバレですが、私はあなたの名前すらまだ聞いてないです!」
「『私はLです』」
「絶対嘘だ! しかもネタが流行遅れっ!」
「『キミはボクだ。――だけどボクはキミじゃない』」
「哲学的なこと言ってるけど、とりあえず答えになってない!」
「『俺が、ガンダ――」
「ストップストップ! もう、本名はとりあえず言わなくてもいいですから、せめて身分を証明してくださいっ」
「『過去の経歴は抹消済み。生年月日はセカンドインパ――」
「いい加減にしないと、前歯全部折りますよ!」
「おぉ、分かってる人の返しだ。しかも漫画版と来たか」
 彼女はケラケラ笑いながら、二本目のタバコに火を付けずに指でくるくると器用に回した。
「いいよ。おもしろかったからこれあげる」
 タバコをスっと箱に戻し、反対のポケットから彼女は財布を取り、その中に入っていた名刺を差し出した。サラリーマンが使うような最低限の内容が書かれたシンプルなものだったが、何故か素材は紙ではなく、一ミリくらい厚みのあるプラスチック製だった。
 そして私はそこに書かれた会社名と、『黒沢 あかね』と言う文字をしっかり目に焼き付けた。
「名刺で信じられないなら免許証もあるよん」
 名刺だけでも十分と思ったが、危うく一生の傷になりそうな目にあいそうになった今だから、一応確認させてもらうことにした。免許証にも『黒沢 あかね』という名前と、目の前にいる女性と同じ女性の写真が貼られていた。年齢は28歳。
「ありがとうございました。というより、疑ったりしてすみませんでした」
「ん〜。じゃあ話も済んだわけだし、次いこっか」
「え、次……?」
「喫茶店で自己紹介した後は服見に行くんでしょ? 今日のデート」
「で、でも、今日のデートは本来ならAYAKAさんと……」
「悪い男たちに騙される寸前だったキミをわざわざ助けに来てあげたのに、このままサヨナラさっさと帰れと?」
「あ、いえ、そういうわけじゃ……」
「なら結構! デート決行!」
彼女は立ち上がり、私の手首を掴むとずるずるひっぱりながらさっさとレジに向かい、ポンと千円札を置いてすぐに店を飛び出してしまった。

 多少、というよりかなり強引に始まったAYAKAさん改め黒沢さんとのデートだったが、あのまま「じゃ、言うこと言ったからサヨナラ」と言われて帰られていたら、私から彼女へ今日のデートをしてもらうように頼んでいたかもしれない。そんなだから今回はもちろん、今までだって騙されてきたのだということは分かっている。
 だけど。
「んあ〜。呑み過ぎたぁ! ダメな大人だぁ!」
「もう、ほらほら、もうすぐうちに着きますから。とりあえずあまり叫ばないでください」
「叫んでな〜い! これは、独り言だ〜。ぶつぶつ!」
「独り言でも少なくともぶつぶつとは言いませんよっ。……まったく、夕飯食べるついでにお酒も飲みましょ、って誘った本人が、カシスソーダ一杯でこんなべろんべろんになっちゃうなんて。今まではずっと彼氏にでも介抱されてたんですか?」
「ぼくにゃあ彼氏なんていな〜い! 前の仕事先のオンナにも告白する前にフラれた! 年齢イコール恋人いない歴で悪いかリア充どもめ!」
「わかりましたから! しゃべらないでくださいっ!」
「んあ〜」
 私の肩に腕をかけながらもフラフラだった彼女は、なんとか私のアパートの部屋までは辿り着いたが、部屋に入った途端に、
「お布団、ごろ〜ん」
 と言いながらベッドの上に向かって、うつ伏せに倒れてしまった。はぁ、と大きなため息をついて、私は彼女に買ってもらったワンピースを仕舞った。
「希美ちゅわ〜ん」
「はいはい、なんですか?」
私はベッドの端に腰を下ろし、枕元の白熱灯のスイッチを付けた。
「今日のデート、楽しかったよん〜」
「私も……。最初に喫茶店で話を聞いた時は、驚きすぎて動転してましたが……。だんだんとそんなことも忘れられるくらい楽しくて――」
「――っと会えた……」
「え……?」
「ずっと……イトで見てて……心配だったけど、ぼくはかん……だから……きっかけもなければ……もなくて……だから今日は……ほんとに楽しくて……何度も嬉しくて……泣きそうに……」
 その後に言葉は続かず、彼女はゆっくりと寝息を立て始めた。

 今まで仲良くなった人たちは、悪い人もそうでない人も、会っても本名はなかなか覚えてくれずにハンドルネームのまま呼ぶし、デート中に他の人とメールや電話をするし、しっかりと目を合わせて下の名前を呼んでくれるのは、夜の一瞬だけだった。
 だけど、彼女は違った。
 喫茶店を後にしてから彼女の口数はめっきり少なくなったけれど、私の名前はもちろん、プロフィールに書いた好きなものや、ブログに書いたどうでもいい内容までも覚えていてくれて、デート中は一度も携帯を取り出さなかった。だけど手ぶらだったわけだし、単にポケットにはタバコと財布しか入ってなかっただけかもしれないが……。
 もしもまた彼女も私を騙す悪人だったとしても、この人になら騙されてもいいかな、などと思ったまま、既に爆睡中の彼女の背中に寄り添うように、そっと横になった。

 
作品名:管理人さんはマイペース 作家名:みこと