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わたし以外みんな異世界行ったのでどうにかする

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第1話 三浦ゆう



 当時、わたしと菜摘はまだ小学生だった。
「ゆー、聞いて。宇宙は無限の空間かも知れないんだって。どんなに奥へ行っても、見たことない宇宙があるだけなのよ。人間にとっての世界は、宇宙は、人間の知る範囲の宇宙だけ。それも知れば知るほど、世界は広くなっていくのよ。もし宇宙の果てっていうものがないとしたら、それは世界の果てを探す作業じゃないの。宇宙を広げていく冒険なのよ」
 菜摘は前年と同じ将来の夢を宇宙飛行士と作文に書いていた。自分がなんと書いたかは思い出せない。しかし菜摘の真似をしなかったことは間違いない。わたしが記憶する限り、あれは最後の菜摘と『お揃いではない』作文だ。
「作文のことは今はいいでしょ。ほら、なっちゃん。わたしたちの順番だよ」
「なんだか緊張するわね。念願の初プリだもの」
 ――と、だいたいこんな会話をしていたんだろうと思い出を補完する。4年も昔のことだから、ほぼ想像。これが限界だ。

 菜摘はなんでも『お揃い』にすることが好きだった。一緒に買い物に行けば、安くても何か同じものを買おうとねだる。
 もちろん同じシールが大量に手に入るプリクラが彼女は大好きだったけど、わたしは嫌いだった。だから一緒に撮ったのはこの時の一枚だけ。もしわたしがもう少し興味を持っていたら、一緒に外出する度に撮ることになっていただろう。親友でいられた間に限る話になるけれど。

「おはようゆうちゃん、今日は雨ね。嫌だなあ」
 前日の喧嘩別れのことを忘れたような態度の菜摘に腹が立って、わたしは酷い言葉を吐いた。
 今思えば、仲直りしようと気を利かせた結果だったのかもしれない。しかしその罪悪感より、その時の彼女の表情がトラウマ。まんまと返り討ちにあったわけですね。
 喧嘩の原因は覚えていない。しかしこの時の菜摘に、わたしは最低な言葉を返した。この時の記憶だけはしっかりと残っている。

 ところが彼女は以前と同じく、いや以前以上に四六時中わたしに纏わりついてきた。菜摘はあくまでも『三浦ゆうを大好きな佐藤菜摘』の姿を貫き続けた。

 しかしそれから奇妙な『お揃い』が続くようになる。
 服も、筆記用具などの持ち物も、夏休みの自由研究も、作文ですら、菜摘はわたしを真似た。鍵のついたロッカー一つ持てない学校で、完全に持ち物を隠すなんて不可能だ。
 しかもお揃いといってもそれは完全な丸写しではない。どれもわたしのものより1ランク上の出来栄えだった。
 彼女はわたしよりもずっと賢く器用で、そして誰からも好かれるような明るい性格の美少女だった。一方、わたしは見た目も地味で、脇役がぴったりの目立たない子供。
 同じ題材と材料であっても、彼女の作るものの方が優れていた。人間としても、彼女はわたしより勝っていた。

 そして何度目かの『偶然』。いつもより些細なことだったと思う。家庭科で使う布が菜摘と同じもので、作ろうとしたものも同じものだった。
「パクリ」
 一番聞きたくない言葉だった。けれど、いつか言われるだろうなと思ってずっと怯えていた。パクリ扱いされたのはわたしだった。
「こいつ、すぐ菜摘の真似するんだよな」
「恥ずかしくないの?」
「気持ち悪い」
「佐藤さんに謝った方がいいんじゃない?」
「大丈夫、きっと許してくれるわよ。佐藤さんは優しいもの」
「心細いなら先生もついていってあげるから」
「ねえ、お姉ちゃん。今日学校で知らないお姉ちゃんと同じ学年の男の子からパクリの妹って言われたの。なんで?」
「ゆうちゃん、学校で何かあった?」
「ねえ、なんで?」
 クラスメイトも周りの大人も、出来の良い方をオリジナルだと判断した。わたしを庇う人は菜摘の一人だけで、それは誰も味方がいないことより辛かった。
 何をやっても菜摘の真似。何を努力しても菜摘の劣化。パクリの一言で片付けられる。
 無駄だと思った。
 努力する時間も労力ももったいないと思った。だから頑張ることをやめた。適当にそれらしく取り繕えばいいと思った。そして空いた時間をもっと好きなように使った。
 バッシングが止んでも、わたしは元の姿勢には戻らなかった。どうやらわたしには適当に生きる才能があるようで、それなりに上手くやっていけた。そういうせこい器用さはわたしの数少ない長所だ。 
 
「ねえ、もし今の映画みたいにこの世と別の世界があったら、素敵よね。行ってみたいと思わない?」
 映画を観た後に菜摘に聴かれたことがある。
 絶対に嫌に決まってる。
 知り合いも誰も居ない。持ってるお金が使えるかも分からない。身分を証明するものもない。人として扱ってもらえる場所かも分からない。そもそもその世界とこの世界の構造が違うなら、こちらの世界の人間が生きていける環境かも分からない。

 そこはわたしの生きる場所じゃない。わたしが生きる場所はこの世界で、宇宙の中の地球というちっぽけな星で、更にその中のちっぽけな島国の北の仙台という町で、そこにあるもっと小さな三浦家なんですよ、菜摘。
 小学校を卒業したことにかこつけて、わたしは彼女をあだ名で呼ぶことをやめていた。

 事件が起こったのは、それから4年ほど後のことだった。
 わたしは間違っていた。わたしの居場所はこの家じゃなかった。家族も居ない、親戚も友人も知人も居ない。自分以外誰も人間の居ないここは、知っている場所ではなかった。
 本当に大切なことはわたしがどこに居るかではなく、誰と居るか。今やこの世界こそわたしにとっては異世界だった。
 20XX年、宮城県は史上最悪の市民失踪事件により非常事態を迎えた。

 我が家はバスが通る大きな車道を見下ろす、少し高い場所にある。それでも騒音が酷い。しかし今や車どころか人ひとり通らない。
 家族を始め、知人の誰もが音信不通になったのは、もう一月以上も前のことだ。
 もしかしたらわたしと同じように自宅かどこかに隠れ篭っているのかもしれない。たくさんの人がこの町には存在しているのかもしれない。しかしどんなに窓から人影を捜しても、見つけられることはなかった。

 宇宙と定義される範囲が人間に認知されている領域であるように、わたしの世界はわたしの知る範囲の世界だけ。わたしは世界で一人ぼっちだった。わたしを傷つける人間は居ない。わたしを傷つけない人間も居ない。

 テレビは県内放送以外は映る。驚くことに県外では何も起きていない。それどころか、この事件は外で報道されていなかった。運が悪いのは外との連絡手段がないこと。
 それでも極力、家の外に出ない。自分も得体の知れない事件に巻き込まれると確信しているから。
 わたしは非力だ。何も出来ない子供。特出した才能もない凡人。他の大勢の人間がどうしようもできなかったことを、自分がどうにかできる訳はない。できることといえば家に篭って難を逃れることだけだ。そう信じていた。


 ある日、ドレッサーの大きな鏡が突然しゃべった。
 その鏡に映っているのはわたしではない。異国の衣装のような、悪く言えば魔法使いのコスプレのような奇妙な格好をした老人だった。まるで若者のように若々しい振る舞いの彼は自らを異世界の住人だと名乗り、魔法の鏡の力を使ってその世界をわたしに見せた。