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鯰かく語りき

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香苗が口を挟む前に、いつの間にかあだ名が『アオナ』になってしまっていた。
まぁそれでもいいか、と香苗改めアオナは考えた。



           ★



 『男の子がやっている野蛮な遊び』とすらアオナの思っていた野球だったが
(アオナのことをからかおうとしていた男の子が好んでしていたものだから、
仕方ないかもしれない)、いざやってみると、子供のアオナにはとても楽しい遊
びだった。
バットで打って、走って走って、時にはミスをするけれど、みんなアオナの
ことを責めない。からかったり、怒ったりせず、むしろ「がんばれー」と敵チ
ームの子まで応援してくれる。
 居心地がよかった。そう思えるふわふわした時間は、あっという間に過ぎて
いく。
「アオナ」
「なぁに?」
「変な半笑い、しなくなったねぇ」
「そお?」
にへら、と言われた途端に顔が変な風にゆがんだ。それを見たえりかが、く
すくす笑った。その笑い声は、やがて周りへとうつり、みんながころころきゃ
らきゃら笑い始め、最終的にはみんなで大笑いした。
 かぁ、かぁ、と間抜けな声でからすが鳴いた。夕焼けが、子供たちを赤く赤
く染めて、帰る時間を告げていた。



「ゆうたー、もうご飯の時間よー、帰ってらっしゃい」
「みな、まき、あとじゅん君も。早く帰ろう」
「ほら、はやくいくよ」
「ばいばーい、また明日」
「ばいばい」
「またねー」
 一人、また一人と、子供が減っていく。その様子を、えりかとアオナはずっ
と見ていた。
「ねえ、えりか」
「うん?」
「・・・・・・何か大事なことを忘れている気がする」
「さぁー、わたしにはわからないや」
「そっか」
二人で顔を見合わせて、いひひっと笑った。
「えりかー、ご飯よー」
そこに、呼ぶ声がした。えりかのことを呼ぶ声が。振り向くと、そこにはえ
りかに似た顔立ちの―――そしてどこかの誰かと似た顔立ちでもある―――中
学生くらいの女の子がいた。
「はぁい」
「あれ、その子友達?名前は?」
「あ、えっと・・・」「アオナ!アオナって言うんだよ、お姉ちゃん」
 アオナが答える前に、えりかが言ってしまった。
「ふーん・・・おうちの人、迎えにきてくれる?いっしょにここで待っとこう
か?なんなら、家にくる?夜に一人でいるのは危ないからさ」
矢継ぎ早に話し掛けてくるお姉さん。口をはさむ隙もない。
「うん、それがいいよ、そうしなよアオナ!一緒にご飯食べよ!」
姉と同じように喋ってくるえりか。よく口が回る姉妹だなぁ、とアオナは少
し思った。自分はこんな風に喋る事は無理だろう、とも思った。、
「え、あの、じゃあ・・・はい」
相変わらずの半笑いでアオナはうなずき、二人だけなのに、まるで四人いる
かのようによくしゃべる姉妹の家へ行くことにした。



          ★



玄関口にある標識を見ると、『八』に、最近習った『重ねる』、そして最後に
は『口』と書いてあった。アオナには、まだ読めなかった。古い日本家屋で、
そこそこ広い平屋だった。玄関にインターフォンがついておらず、代わりに格
子戸についた鉄製の黒い箸が、ジャラジャラと大きな音を立てた。
床はぎしぎしときしむし、小さいころ行ったお寺の床みたいにつるつるして
いる。壁も、壁紙が貼っていない白いざらざらした壁だった。
「・・・・・・・・・?」
 どこかで。どこかで、見たような気がするのだ。思い出せないけれど、どこ
かで私はこんな感じの景色を見た。アオナは既視感を覚えて、きょろきょろと
あたりを見回した。
 そんな事をしていると、お姉さんがくすくすと笑いながら言った。
「やっぱ古いよねー、この家!地震とか来たら、あっという間に崩れそうよね
ぇ」
「珍しいでしょ、アオナには。友達とか来てもみんな驚くもん」
 慣れているらしく、嫌な顔一つせず笑っている姉妹。
「うぅん、なんかね、この家どこかで見たことあるきがするの」
「へぇえ、アオナちゃん見たことあるの、こんな家?」
「うん・・・」
「映画とかで見たんじゃない?今時こんな家そうないって。それよりお姉ちゃ
ん、今日の夜ご飯何?」
「今日はねえ、肉じゃがよ」
 すぐに話題は別なものに変わってしまう。もっとこの家の話をしたいと思っ
たアオナだったけれど、楽しそうに談笑する姉妹の姿を見ていると、わざわざ
そんな事をするのも申し訳ない気がする。アオナは早口に話すことが苦手なの
だ(アオナと話をするのに慣れている相手は、大体アオナの事を待ってゆっく
りと話してくれる)。
 結局、家の話をすることもないまま、ずるずると食卓へ向かった。



        ★



「「「「「いただきます」」」」」
アオナも含め、えりか、姉―――あおい、という名前らしい―――、姉妹の
お母さん、おばあちゃん、合計五人での夕飯は始まった。
 純和風な感じの食卓では(机も、アオナの期待を裏切らずにちゃぶ台だった)
インゲンの和え物や、たくあん、お味噌汁、肉じゃがなどが並んでいる。どれ
もおいしそうだった。
「・・・おいしい」
「ふふふ、ありがとう。たくさん食べてね」
姉妹のお母さんがうれしそうに笑う。ほくほくしたジャガイモや、体に染み
込むようなやさしい味付けのお味噌汁、その他どれをとっても、なかなかのも
のだった。
 ふと、そのとき壁にかかったカレンダーが目に入った。十月二十五日。今日
は、何の日だったか―――――
「・・・・・・?」
何か。何かが、今日はあった気がするのだ。とても大事なこと。しかし、ひ
とつも思い出せない。アオナには、その事がもどかしくて気になって、わずか
に眉根を寄せる。
「・・・・・・」
ほかの家族が気付かない中で、えりかだけがそれを黙ってみていた。



           ★



「おうちの人、来ないねぇ」
「・・・はい」
公園で、二つの影が街灯にゆれる。アオナとあおいである。えりかは、『ちょ
っと用があるからさ、先行ってて!』と笑いながら言い、結局アオナとあおい
の二人で公園でいる次第である。
 街灯の近くを小さな虫が飛び回り、時折ジジジッ、と嫌な音を立てる。少し
肌寒い風が二人の間をひゅうっと通っていく。
「アオナちゃんのさ、お父さんてどんな人?」
「?」
あおいからの質問に少しだけ疑問を覚えるアオナ。首をかしげるようなアオ
ナを見て、あおいが笑う。
「うちさ、お父さん、あんまり家に帰ってこない人だから。知ってるかな?『単
身赴任』っていうの」
「たんしん、ふにん・・・」
またひとつ、アオナの辞書に言葉が加わった。たんしんふにん、たんしんふ
にん、たんしんふにん、と口で確かめるようにぼそぼそ言い始めたアオナを、
あおいはじっと待つように見ている。
「アオナちゃんてさ」
繰り返し言うアオナを見計らって、あおいが言った。
「もしかして、学校とかで変わってるねー、って言われる?」
「・・・・・・」
 何でこの人そんなこと知ってるんだろう。思わずアオナは、まじまじとあお
いの横顔を見つめた。そして、あおいに訊ねた。
「なんで、わかったの?」
すると、あおいはクシャっと顔を歪めて、こちらを見た。今のは、苦笑いだ
作品名:鯰かく語りき 作家名:ツイスター