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鯰かく語りき

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あたしには、やりたいことがあった。だから。
見てなさいよ。
今度こそ、上手くやるんだ。








 青河香苗は幼少の頃、少し、いや相当変な子供だった。いつだって周りから
少しずれている。頭1つ分抜き出ているのか、あるいは逆なのか。全くもって
奇妙な子供だった。『天才児』なのか『ただの馬鹿』なのか、そんな事だけでた
っぷりと両親は議論しようとした事もあった。しかし香苗が、横から当たり前
のような顔でこちらをじっと見ているものだから、両親は何となく居心地が悪
くなり、結局三分程度でやめてしまったこともあった。
 いつも、なにを考えているのか分からないような顔で笑っていた、香苗。
 その香苗が変わったのは、小学校二年生、7歳の時の話である。
          

 
         ★



 その日は、一家にとって特別な日だった。父親の誕生日である。
「今日はお父さんの好きなものを,お母さんと一緒に作ろう。香苗,お父さん
はなにが好きだっけ?」
「えと、えっとね・・・やきとり。えだまめ。・・・ハンバーグ・・・」
「・・・じゃ、ハンバーグ作ろうか」
「うん」
 香苗は正直な所、『ハンバーグが好きだったからそれを食べたい』という自ら
の願望によって、その言葉を口にしていた。誤解のないように言っておくが、
父親もハンバーグは好きである。
「あら、牛乳と食パンがないわ。香苗、買ってきてくれる?すぐそこのスーパ
ーで」
「うん」
 こうして、青河香苗はお使いに出かけた。


 
 とてとてと、小さな鞄をもって歩く。とてとてとてとて。玄関を出て少し行
った所に、そこそこな大きさの公園がある。よくそこで近所の子供たちが遊ん
でいる。そこを曲がり、うぃんうぃんといつも何か大きな音をたてる機械の前
を通ると、スーパーマーケットがある。
 お使いはよく行った事があったから、香苗にとってなんて事はなかった。公
園の横を通るたびに、からかおうとしてくる大きな男の子に対してだって平気
だった。報復として、じっと睨みつけてやっていたからである(端から見れば,
香苗がこちらを無表情にずっと見ているものだから,大概の人は驚く)。
 でも、いつもとは違った。
 誰も、公園にいなかった。
 「・・・・・・」
 しゅうだんいんふるえんざ。
 香苗の脳裏にふっとそんな言葉が浮かんだ。でも、今はそんな季節でもない。
冬のうちでも半ズボンでいる子だっているのだ。「ばかはかぜをひかない」とい
う格言があると、お母さんも言っていたし。
 何だっていい。とにかく、早く買いにいかなければ。
 握りしめている500円玉が、ほのかに温もってきている。お母さんが急い
で行ってきて、と言っていた。急がないと、ハンバーグができる前にお父さん
が帰ってきてしまう。そう、思った時。


「どこいくの」


 声が、聞こえた。耳慣れない、女の子の声。公園には、誰もいなかったはず
なのに。
 香苗が振り向くと、そこに女の子が立っていた。ちょうど香苗と同じくらい
の背の丈をした子が、ぼんやりとした香苗の笑顔とは正反対のような顔で笑っ
ていた。
「別に。お使い行くの」
 香苗は、少し驚いたような顔をして、そう答えた。なんでここにいるのか、
さっきはどこにいたのか、そんな事は訊かなかった。
「ねえ、それって急ぎの用事?」
少し上目使いに、女の子は香苗に訊いた。
「うん」
「そっかぁー・・・」
即答した香苗に対して、女の子は残念そうに呟く。いじいじと、指を絡めさ
せたりしている。『訊いて訊いて』とでも言いたそうな雰囲気が、そこにはあっ
た。
「なんで?」
 ぱぁっと、女の子が嬉しそうに笑った。飼い主にじゃれてもらっているとき
の子犬のようだ、と香苗は思った。
「あのね、野球してるんだけど、人数が足りなくて・・・お願い、一緒に来てくれ
ない?みんな困ってるの」
 体の前で両手をポン、と合わせてこちらを見てくる。キラキラした目だった。
本当に子犬のようである。
「・・・すぐ終わるの?」
「終わる終わる!あ、初めてやる子もいっぱいいるから、大丈夫だよ!」
「なら、いいけど・・・」
「やった!」
嬉しそうにぴょんぴょんはねる女の子。元気な子だ。
「ならついてきて!」
「わっ」
半ば強引に手首をつかまれて、500円玉を落とした事に香苗は気付かなか
った。楽しそうにころころと笑う女の子。天使、とまでは言わないけれど、そ
れでも何か惹かれるものが、女の子の笑顔にはあった。
「わたしね、『えりか』って言うの!えりちゃんでもえりかでも、好きなように
呼んで!」
 女の子????えりかは、そう言って香苗の手首をつかんだままニコニコ笑
った。



 えりかは足が速くて、追いつくのが大変だった。最後の方は、香苗がえりか
にひきずられているようなものである。それでも、野球をしているらしい広場
に行くまでが、香苗にはとても楽しかった。
小さな隙間を体を押し込めて通ったり、暗い場所をするする歩いていくえり
かにつかまって歩いていると、小さな動物のようなたくさんの目がこちらを向
いていたりして、とても面白かった。えりかは『あれが怖くないなんて、すご
いねぇ』と感心した風に言った。
他にも、大きめの川に1つ2つしかないような石の上をぴょんぴょん跳んだ
り、天井がとてつもなく低いトンネルを、服がぼろぼろになるのも気にせず這
って進んだり。
香苗は、『野球をしに行く』事よりも『お使いに行く』事よりも、『えりかと
冒険をする』事が一番楽しいことに思えてきていた。



 ふぅふぅと息を切らせてついた広場では、たくさんの子供たちがわいわいが
やがやと大騒ぎをしていた。みんな楽しそうに、男の子女の子関係なく、喋っ
たり取っ組み合いをしたり。香苗が見た事のない光景が、そこには広がってい
た。
 香苗は、目を真ん丸にしてそれを見ていた。すると、えりかがさっきのよう
に香苗の手をグイ、と引っ張った。
「わっ」
「みんなぁー!これで野球できるようになったよぉー!」
「お、来た来た」「よろしくねー」「さすがえりか、よく連れてきたなぁ」「こっ
ちおいでよ」「名前なんて言うの?」
わいわいがやがやしていた子供たち―――20人くらいだろうか―――の中
の一人から名前を聞かれて、おもわず「え、あ、えっと」と香苗がつまってい
ると、
「・・・ごめん、名前なんて言うの?・・・」
と、横からえりかがこっそりと訊いてきた。そういえば言っていなかったのだ
っけ、と思い出し、いつもの表情で
「青河香苗です。香苗、です。よろしくお願いします」
と、言いながらあの半笑いの笑顔を浮かべた。
「よし、ならあだ名はアオナでいいや!」「なんでアオナなの?」「ほら、青河
のアオに、香苗のナ、だろ」「そうそう、その通り」「なんか微妙」「よろしくア
オナー」「一緒に勝とうねアオナちゃん」「好きな食べ物はー?」「頑張って勝と
う」「ベッ別に、アオナがいなくったって勝てるんだからな!」「何ムキになっ
てんだお前」
「え、あの・・・」
「じゃ、試合するぞー!!さっ、行くよ,アオナ」
「・・・・・・うん」
作品名:鯰かく語りき 作家名:ツイスター