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人間屑シリーズ

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彼女には微笑みよりも苦痛を与えよう



 年も明け、二月に入った頃――――私の体は喜びに打ち震えていた。

 その日に届いた一件の契約者を示すメール。 
 そこにあった名前に私は歓喜した。だってそこにあったのは……。
「ミカさん」
 私が漏らしたその呟きを、クロは聞き逃さなかった。
「知り合い?」
「うん。クラスメイトだった」
 ……私の大嫌いな女。天使みたいな顔をしていつも綺麗に微笑んで、誰にでも分け隔てなく接する。そういう気持ち悪い女。
 あの女が死を望んだなんて、それだけで心が躍る。あんなに綺麗であんなに周りから好かれている、あの女が……!
「うふふっ。ふふっ」
 笑いばかりが込み上げてしょうがない。
「嬉しそうだね、シロ」
 そんな私を見てクロもにこにこと微笑んでいる。
「うん、とっても嬉しい! だって私この女の事、大っ嫌いなんだもの」
 彼女が一体何を思って自分の命を売るのかなんて知らない。別に興味も無い。ただどちらにしても、あの女の人生が変わる事は間違い無い。
 あの綺麗な女が。あの心優しい女が。皆に羨望されているあの女が――堕ちる。
 私はいつもにもまして颯爽と契約書を用意し、彼女の自宅へと向かった。

          * 

 ミカさんの家に到着するといつもの通りにメールポストに契約書を投函し、今来た道を引き返す。
 幸せを噛みしめながら歩みを進めた。
「……ちゃん?」
 ふと正面から誰かに名前を呼びとめられた。視線をそこに向けるとそこにはミカさんが立っていた。
「あ……久しぶり……」
 私はボソボソと彼女に向って挨拶を返す。
 私が契約書を届けた事を気付かれはしないだろうか?
「うん、本当に久しぶりだね。学校にも全然来ないし」
「少し体調を崩していて……」
「そっか」
 私はよく授業を抜けていたから、彼女は私の言葉になんの疑問も抱かないようだった。
「それじゃあ、私これで……」
 一刻も早くこの女の前から去りたかった。彼女の綺麗な顔を見ていると心のどこか深い部分がざわついてくる。
「うん……」
 彼女はそう言って小さく俯いた。
 私はその横を素通りしようとする。
「待って」
 呼び止められた。もしかして何か感づかれた?
「なに……?」
 内心の動揺を隠して応じる。
「その……、学校ってやっぱり面白くないよね?」
 けれど彼女から出た言葉そんなものだった。何だか少し声が震えてさえいる気がする。
「ミカさんは勉強も出来るし、私と違って友達も多いし……。みんなミカさんに憧れてるんだよ。なのに……そのミカさんは学校が面白くないの?」
 彼女が死を意識している事を知っていながら、私は彼女に優しく微笑む。それが彼女の心を抉る事だと一番よく分かっているから。
「ふふっ。憧れかぁ……」
 そう言って彼女は自嘲気味に笑った。その笑顔もやっぱり綺麗だった。
「私ね、死ぬ事に決めたんだ」
 彼女は天使のように微笑みながら、あっさりとそう言った。その柔らかい微笑を見た時、私は彼女を生かそうと決めた。
 簡単に死なせてなんかやるもんか。お前の血をクロになんか絶対に飲ませない。
 お前が契約書にサインをしたら、その瞬間から私はお前を支えてやろう。死ぬなんて馬鹿げていると思い知らせて救ってあげる。
「やだな、冗談ばっかり」
 私はそう言って彼女の言葉を誤魔化した。
「ふふ、ごめんね。変な事言って」
 彼女は寂しそうにそう言うと、小さく頭を下げた。
「ううん。それじゃ……私、もう行くから」
「あ、うん。ごめんね、引きとめて」
「それじゃ」
 もう一度そう言って、私は彼女から離れた。
作品名:人間屑シリーズ 作家名:有馬音文