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人間屑シリーズ

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 群から離れると、クロが私に近づいてきた。
「上手くいったみたいだね」
「うん。スイッチ回収しなくちゃ」
 そう言って私はクロの左手と自分の右手を繋ぎ、クロを観覧車の乗降口に導いた。
「すいません、ウチュウくんに乗せて下さい」
 私は係員にもう一度そう告げる。係員は私とクロを交互に見ると、微笑みながら「分かりました」と言った。
 それから三分もしない内に“ウチュウくん”は降りてきた。
 私とクロはそこに乗り込む。
 スイッチは出しっぱなしになって放置されていた。すぐさまそれをバッグにしまい、座席に座る。
 観覧車はゆっくりと上昇する。
 昼に一人で乗った時よりもずっと綺麗な景色がそこには広がっていた。
「綺麗……」
 自然に口から洩れた。
「そうだね……本当に。シロ、お疲れ様」
 向かい側に座ったクロが私に向って微笑んでいる。それだけで私は十分だった。
「ううん、全然」
 私がそう言うとクロは外を見下ろした。
「本当に綺麗だね」
「うん。もしも飛べたら、毎日でもこの景色を見ていられるのに」
 クロがクスリと笑った。
「飛べるさ」
「うそ」
 そう言った私も笑っている。けれどクロはスッと真顔になって囁くように言葉を紡ぐ。
「うそじゃあ無い。僕達は普段、脳みその三十%も使わずに生きているんだ。だから全ての潜在能力を引き出したら、それは可能な事だと思わないか?」
「ふふ」
 私は思わず吹き出してしまう。だってあんまりにも真面目にそんな事を言うんだもの。
「試しに飛んでみせようか?」
 そう言ってクロは立ち上がろうとする。私はそれをそっと制す。
「いい。そんな試しに位じゃ潜在能力なんて開かないと思うもの。そんな試しに飛んでみる位で飛べたら、世界中天使ばかりになっちゃうわ」
 私の言葉にクロはにっこりと微笑んだ後、再び着席した。
「そうだね」
 クロの優しい声を聞くと私は、また外の景色に視線をはせた。
「でも本当に綺麗。人工物ばかりの人間が作った世界なのに。人工の輝きでもこんなに綺麗って思えるものなんだね」
 港地区の高層ホテルやレジャー施設が、闇の中でキラキラと光を放ち続けている。
「ここ、降りたらどうする?」
 クロの問いに私は満面の笑みで微笑む。乗りたい物は決まってる。
「私ね、“わくわく☆海賊大制圧”に乗りたい」
「分かった。そうしよう」
 クロもやっぱり笑っていた。

 そんな幸福な時間はあっという間に終わる。観覧車は地上へとたどり着き、その扉が開かれた。
「有難うございましたー」
 係員の明るい声に迎えられ、私とクロは手を取り合い歩き出す。
「めいいっぱい楽しもう!」
 私はそう言ってクロの手を引いた。

 クロと私はこの日、遊園地を閉園まで満喫した。
 二人のはずむ白い息が、春を待ちきれずに踊るたんぽぽの綿毛みたいに見えて寒さすら感じない。
 今もこの時に高橋は絶望しているのだろうか? そんな事がちらりと思考の中に浮かんだが、それはクロの笑顔の前ですぐにかき消えていった。

作品名:人間屑シリーズ 作家名:有馬音文