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人間屑シリーズ

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たとい泥の淵であったとしても



「おんちゃあん」
 醜悪な声が俺を呼ぶ。
 声のした方を振り向けば、そこには汚らしい浮浪者が一人突っ立っていた。

「おお〜、まーちゃん」
 俺はその汚らしい浮浪者に向って、笑いながら片手を上げた。
 何故こんな男に笑い掛けるかと言えば、答えは簡単だ。
 俺も浮浪者だからである。
「おんちゃあん、はい、これ今日の分ー」
 浮浪者はそう言うと、俺にいくつかの新聞を渡してくる。
「ありがどなぁーー」
 そう言って新聞を受け取り、代わりに空き缶を三つくれてやる。
「あいー。それにしてもおんちゃんは凄いなあー。新聞なんてなーんも面白くね」
 男はそう言いいながら、空き缶を潰してポケットにしまい込んだ。
「それじゃあなあー」
 そう言って男は去っていく。いつもの習慣なのだ。

 俺はあの男が拾ってきた新聞を毎日読んでいる。
 最近、最も気になる事と言えば“一千万で命を買う組織”の一連の報道だ。全く……事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。

 気になる記事を見つくろっては手でちぎり、ダンボールで作った箱に入れていく。ブルーシートに隠された俺の宝物だ。
 そこには黄ばんだ原稿用紙も入っている。拾い物のペンだってある。俺はいつだって書ける。まだ終わってなんかいない。

「オッサン」
 ふいに声を掛けられた。慌てて振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。
 ……? どこかで見覚えのあるその顔に、高速で記憶を探る。
「あぁー、兄ちゃんかぁ〜」
 三か月? いや四か月ほど前に路上で倒れていた男だと脳が答えを導き出した。
「覚えててくれたんだ」
「どーーじたあぁ?」
 俺は馬鹿な浮浪者を装って男にニカニカと笑いかけた。
「あーっと、これ。やるよ」
 そう言って青年はコンビニ袋を俺に手渡してくる。
「ああ〜?」
 などと漏らしながらも俺はそれを手に取り、中身を確認した。
 中にはワンカップやら菓子パンやら賞味期限切れの弁当やらが詰まっていた。
「くれるんかあぁ? ありがとなー」
 そう言って俺がうひゃひゃ! と笑うと青年は少し困ったような顔をしてから、そっと俺の横に腰掛けた。
「なんだぁ? どーしたぁ?」
 こんな浮浪者の横に好き好んで腰掛ける人間などいない。少しばかり動揺している自分がいる。
「いや……、前にさ。色々言っちまったじゃん。オッサンに、恥ずかしくねぇの? とかさ」
「ああー」
 確かに言われた。だが、そんな事は最早気にもならない程、俺は底辺で生きている。
「悪かったなって、思ってさ……。それに俺、あん時のオッサンの言葉に救われた気がしたから。ま、お礼っつーかさ」
「そーーがぁー?」
 俺は馬鹿を装って答えた。この青年には青年なりの苦しい人生があるのだろう。
「オッサン、人生って難しいな。俺、好きな女すら救えなくってさ」
 そう言って青年は自嘲気味に笑った。そうか……この青年は――
「兄ちゃんなぁ、俺見てみろーー? こんな汚ぇボロ着て残飯漁ってよぉー、人間の屑の生き方だろー? そんでもなぁ、生き恥晒しながら生きてんだぁー」
 青年は俺の話にじっと耳を傾けている。
「好きな女ー? 女ってのはありゃあ、俺たち男にとって宇宙人みたいなもんだぁー。その気持ち何ざぁ、一生理解出来ねぇよぉ。でもなぁ」
 俺は青年を正面から見据えた。青年もその俺の視線を真っ向から受け止めている。
「でもな、真っ白い気持ちで立ち向かってくんだ。人生は上手くいかない事ばかりかもしれない。それでも――」
 急に流暢に言葉を紡ぎだした俺に、青年が驚きの表情を見せる。だが俺は喋る事を止めはしない。
「それでも君は生きている」
 俺がそう言い終えると、青年はボロボロと大粒の涙を零しながら泣いた。
 泣けばいいのだ。
 泣きたい時に我慢して生きねばならぬほど、恰好の良い人生ではあるまい。
 恰好の悪い人生にはいつでも泣けるという特権位、ついていたっていいじゃないか。
作品名:人間屑シリーズ 作家名:有馬音文