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A Groundless Sense(2)

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第二章 SAITO


 6


『それで?』
 大きな画面の向こう側、スーツ姿の禿げた男は言った。
「長崎蘭(ながさきらん)は……取り逃がしました」
 墨田千江はうなだれた。
『仲間は?』
「彼女は単独犯です。仲間は存在しないと、以前に報告したはずですが」
『バカな。たかだか十七のガキ……いや娘一人に、大それたテロ活動など、甚だ非常識だっ!』
「じゃあ報告書には、忠実な奴隷でも飼っているのでは、と一言加えておきましょうか?」
『君!』
「失礼しました」
『再生者第一号という立場、忘れたわけではあるまいな。君はこれから世界を支えていく、再生者の手本なのだからな』
「もちろんです。一度は死んだ身、ご恩は忘れていません」
『KANTOへは別の者をやらせよう。君は引きつづき、娘とテロ組織を追ってくれたまえ』
「了解」
 上司と大きな画面は虚空に消えた。
 誰もいない会議室。
 千江は円卓の席につき、机に突っ伏した。
「ハァ……」
 ドアが開いた気配があった。
「こってり絞られたようだね」
 顔を上げると、ジャケットを着た背の高い男が笑っていた。
 常識管理委員会SAITO支部、岡崎(おかざき)ユタカ。千江の異動前の同僚だ。
「うざい奴は間に合ってる」
 千江は再び顔を伏せた。
「その口さえなければ、とっくに『ナミヘー』の後がまに座っていたろうに」
「プッ……あんたも言うようになったわね」
 ナミヘーは古い言葉で、わずかに毛を残した禿げオヤジをさす。無論、公に口に出せば違反だ。
 千江は席を立つと、窓の外を見た。
 右手にSAITO第十三層の中央広場と、エレベーター塔が見える。景色はKANTOと何も変わらない。常管のオフィスは広場を囲む官庁街の最も内側という、展望のいい場所にあった。それを不公平だと批判する者が出る度、千江は『再生所』送りにしてきた。
「でも、やっぱ不公平よね」
「なにが?」
 岡崎は訊いた。
「いいの。仕事だからしょうがないわ」
 常管の仕事はやりがいがあった。才能があり、業績も良かった。しかし、この仕事のどこが好きなのかと問われると、いくら考えても答えは出てこなかった。
「蘭ちゃんてさ、かわいいよね」
 岡崎は言った。
 千江は男をキッと睨んだ。
「ロリコンは第一級常識破りよ。『あっち』に送られたいワケ?」
「かわいい、って言っただけじゃないか」
「さんざん痛い目に遭っといて、よくもそんなことが言えるわね」
「それはそれ、これはこれ」
 岡崎は荒事では千江をもしのぐ、優秀な委員なのだが、女に甘いところがあった。長崎蘭と対等に渡り合えるのは彼しかいないと、千江は踏んでいたが、とんだ欠点が邪魔をしていた。
「蘭を捕まえたって、あんたのものにはならないのよ?」
「さぁ、それはどうかな?」
「顔は一緒でもね、別の人に生まれ変わるのよ……誰かみたいに」
 千江と岡崎は見つめ合った。
 長い沈黙。
「あ……えっと、トイレ掃除の任務を忘れていたな」
 岡崎は頭をかくと、さっと部屋を出ていった。


 カツシとミナトは、どこへ逃げていいのかわからず、層を二つ三つさまよった末に、最後は第十八層でエレベーターを降りた。層の中心、エレベーター塔の周りは、KANTOと同じで公園になっていた。呼び方も『中央広場』で統一されている。
 常管には顔が割れている。どこかに身を隠す必要があった。だが、ここにきてミナトの体調が芳しくない。
 いっそう青白くなったミナトを木陰のベンチに座らせると、カツシは言った。
「大丈夫?」
「リュ……リュックの中の黒い袋……」
 カツシは言われるまま、ミナトの背中の袋をまさぐった。手に余る大きさの謎の黒い袋。中身は色とりどりのカプセルだった。
 ミナトは袋を引っつかむと、残さず左手に盛った。
 どう見ても百個はある。薬を菓子のように頬張るのを、TV通話で見たことがあったが、これほどとは……。
「水は?」
 自販機で買った二級水のボトルを手にしていたが、カツシはすぐには渡さなかった。
「そんなに……要るの?」
「飲まないと……怖くていられないから」
「……」
 カツシはおそるおそるボトルを差し出した。黒い袋は三つある。もっても三日だろう。その後どうなるのかと思うと、ひどく不安になった。
 そのとき、薄暗い木陰の一部がさらに暗くなり、ボトルはそこへ吸い込まれていった。
「やめなよ。薬じゃ『怖い』のは治らないよ。かえって悪くするだけ」
 ブレザー姿の少女が立っていた。右手には奪った水のボトル。
「だ、誰?」
 カツシはミナトを腕でかばった。
 短めの髪を金色に染めた少女は険しい顔で言った。
「誰でもいい。いま大事なのは、薬なんていらないって話」
 ミナトはボトルを奪い返そうとしたが、ブレザー少女はひょいとかわした。
「な、なんなのよ。医者でもないくせに」
「ん、まぁ、似たようなものかな。あ? いやいや、あんなのと一緒にしないで」
「どっちだよ」
 カツシは横に目線を落とした。
 少女の左手には、透きとおった腕輪が光っている。
「怖いっていうのは、人の自然な反応なの。それを薬でごまかしたら、自然の法則から離れてしまうよ」
 ミナトは言った。
「この『怖い』がなんなのか、何も知らないくせに。頭でっかちな奴が言いそうなことね」
「そうなの。ママの受け売り」少女はしょんぼりした。かと思うとすぐに顔を上げた。「でもね、それは真実だから」
「どんなに賢いのか知らないけど、名前くらい言ったら!」
 少女はニカッと歯を見せた。
「ね、今どう?」
「どうって、何がよ」
「怖い?」
「……あれ?」
 ミナトの顔は白いどころか、少し赤みがあるくらいだった。
 この、ちょっと偉そうでもったいぶった感じ。カツシはどこかで体験したような気がしていた。
「あの、もしかしてどこかで会ってない?」
「あたしと? 今どきメガネなんていうバカな知り合いは、いないけど?」
 カツシはむっとしたが、どうにかこらえた。
「そっか。仮想世界でさ、前世の記憶について俺にしつこく説いた、自称ヒーラー見習いって人に感じが似てたんだけどな」
「ウッ……」少女はひるんだ。「ど、どうしてそれを……」
「えっ? ってことは、マチルダ・ペッパーちゃん?」
「ま、まさか……ラインホルト・ローゼンベルグ君?」
 カツシとブレザー少女は、ハンドルネームで呼び合った。
「キモ……」
 ミナトは身震いした。
『マチルダちゃん』こと岸和田泉子(きしわだいずみこ)は、公には認められていないが、偉大なヒーラーの血を引く能力者だった。母親は裏ネット界では名の通った人物だ。ただ、娘はというと、天賦の才能と魂の欲求が必ずしも合致していない、微妙な育ち方をしていた。本来なら十五歳で一人前のはずだが、ヒーラー業など本当の自分じゃないと、泉子は進路を先延ばしにしていた。
 ともかく、頼るべき人を見つけた。カツシは泉子に事の経緯を伝えた。
 話を聞いているうち、泉子の瞳は輝きを増し、鼻息は荒くなっていった。
「すごい……KY区域へ行って帰ってきたなんて、英雄だよ」
 カツシはうなだれた。
「話、聞いてた?」
「運が良かっただけ、って思ってる?」
作品名:A Groundless Sense(2) 作家名:あずまや