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城塞都市/翅都 40days40nights

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2-1 三頭の黒龍・1




 鎧戸の隙間から覗く光が、刺すように瞼を貫いて目を覚ました時、わたしはやっぱり自分がどこにいるのか分からなかった。
 どうやら大分長い間眠っていたらしく、起き上がると酷い頭痛がした。頭を押さえて見渡す部屋の中はやっぱり全然見慣れない光景で、ああ、昨日の事は夢じゃなかったんだ。わたしはまた毛布の中にもぐりこんで、深いため息をつく。
 夢にしようだなんて、都合のいいことだと分かっていた。ベッドの上で蹲ってるだけじゃ何も解決なんかしないってことも分かってるのだけど、今ここから降りて動くだけの気力がどうしても出てこない。
 毛布の中で目を閉じて考える。兄さんは何故死んでしまったのだろう。それよりなにより、なんでこんなことになってしまったのだろうか。知りたいことは一杯あった。あの三つ子たちは勿論、兄さんのことも。
 あの三つ子たちは兄さんの友達だと言ってたけど、でもわたしは兄さんからあんな人たちの話を聞いたことなんかない。兄さんがわたしに話さなかったってだけで、友達なのは本当の事かもしれないけど、でも兄さんが街から逃げ出すための手伝いをしていたなんて、兄さんがそんなことをしなければいけない理由に心当たりもないから、とても信じられたもんじゃない。
 それでも兄さんが死んでしまった以上、認めたくないけど、信じたくないけど、兄さんにわたしの知らない部分が思ったよりたくさんあったことは、どう考えても事実なのだった。兄さんが殺されてしまった理由が「わたしの知らない兄さん」にあるのなら、わたしには兄さんが死んでしまった理由を知る為に知らなきゃいけないことが、たぶん山ほどあるのだ。
 そうして、全部はそれからだともう一度溜息をついて毛布の中で頭を振った、その時の事だ。
「おい、生きてるか?」
 ガン、と乱暴に部屋のドアがノックされた、と言うよりも、殴ったか蹴ったか。とにかくそんな感じの強さで揺れて、びっくりしたわたしが飛び起きるよりも早く、外からがちゃりとドアが開く。
「なんだ。生きてんじゃねーか。生きてンなら返事ぐれぇしろよ……ったって、アレか、喋れねーんだったな」
 開いたドアの向こう側で、逆光の中から目を細めてわたしを睨んだそのひとは、ケケっと酷く意地悪そうに笑いながらそう言った。
 イーシュアンだ。黙ってれば判別不可能な三つ子たちの中でも、このひとは目つきと言葉遣いの悪さですぐに解る。
 朝からなにが不満なのだか知らないけれど、最初の印象を裏切らない、つくづく意地悪な人だ。
 むすっと上目遣いに睨み返すと、イーシュアンはフンと鼻で笑った。
「メシ、出来てるぞ。食うつもりがあるなら来いよ」
 しかし、睨むわたしの目の前でそれだけ言うと、彼はひらりと手を振って意外にもあっさり踵を返した。
 その口から飛び出た台詞にきょとんとする。どうやら彼は、別にいじめに来たとか言うわけじゃなく、食事が出来たからわたしを呼びに来ただけのようだった。あんまり食欲はなかったけど、でも部屋の中でぐったりしてたってなんの解決にもならないので、わたしは深呼吸を一つして、そろそろと慣れないふかふかのベッドから床に降りる。
 見知らぬ人の家なので、部屋から外に出るのはなんとなく気後れした。でもきっと、放り出されるなら最初からこんなところには連れてこないだろうし、ここのひとたちが兄さんの知り合いであることに間違いはなさそうだし。この街ではよく聞くように、油断したところをいきなり殺されちゃうってことも、多分ない、ような気がする。
 それでも念のため、ドアの隙間から首を伸ばして、隣の部屋をそっと伺った。大きなダイニングテーブルと椅子の置かれたその部屋は、気持ちの良い午前の白い光に満ちている。眩しさに目を細めるわたしの目の前で、昨日と同じ黒い服の袖を捲って台所のシンクの前に立ち、泡の立つスポンジ片手に洗い物をしていたらしいイーシュアンは、部屋の様子をじっと伺っているわたしに気がつくと、げんなりしたように渋い顔を作った。それから、その表情を崩さないままくいっと顎でダイニングテーブルを示す。
「食うならさっさと食え。片付かねぇだろうが」
 テーブルの上には、一人分の食事が用意されていた。スクランブルエッグにベーコンと緑の野菜。トーストにはマーガリンとコップに入ったジュースが添えられていて、見た目は意外とちゃんとした「朝ごはん」だ。
 そろそろとテーブルに近寄りながら部屋を見渡してみると、部屋には他に誰の姿も見えなかった。そうして席についても落ち着かなさげにきょろきょろとしているわたしの様子を見て、イーシュアンは呆れたように肩を落とす。
「ターシャならアキと一緒に家に帰ったぞ。ちなみにジョシュアは下で店番。だから余所見してねーでさっさと食えよ。それともなにか、俺の手料理じゃ不満だってか?」
「…………」
「……テメェ、なんだその顔は」
 手料理。
 手料理ってなんか聞こえた気がするんですけど。ホントですか。そう言えば「自分で作れ」とかジョシュアさんに言われてたけど、本気だったんですかあれ。
 と、言うことは、コレを作ったのはこのひとか。わたしは思わず顔をしかめながらトーストをひっくり返してじっと見つめた。こんがり狐色に焼けたそれはとても美味しそうではあったのだけど、目の前の料理と彼とが頭の中でとても結びつかなかったのだ。
「ンな疑り深い目で人の作ったメシを見んな。不味くはねーからさっさと食いやがれ。食ったら食器は流しに浸けとけよ。洗えとまでは言わねーから……おーい、ジョシュア!客に飯食わしたから、俺も出かけンぞ!」
 不味いどころか、毒でも入ってやしないだろうか。顔をしかめて皿を見下ろすわたしに、面白くなさそうにそうぼやいたイーシュアンは、洗っていた皿を綺麗に拭いて棚に戻してから、捲っていた服の袖を戻して椅子の背にかけていたコートを取り上げた。大声で怒鳴りながら、そのままの勢いでガンガンと足音も荒く階段を下っていけば、下で同じ声が答える。
「なんだ、どこに行くんだ?」
「買い物。リサリサの所に行ってから、ジニー・ヤンの店。リサリサから物が届いたって連絡あったからよ。取りにいかにゃ」
「へえ。じゃあ丁度良い。アンヘルも連れて行ってやれよ」
「はぁ!?アイツも!?」
 イーシュアンの話し相手は、三つ子の一番上の兄であるジョシュアさんらしかった。
 恐る恐る口に入れてみたトーストは全然普通の味だったけれど、それでもなんとなく用心しながらもぐもぐ噛んでいると、不意にそんな会話が下から聞こえてきたので、わたしも食べる口を止めて聞き入ってしまう。
「おう。いきなりこんなトコに連れてこられて、いろいろ入用だろうからな。金ならミハイルの前の仕事の取り分もあるし、あれだけあれば当面の生活は……」
「ふざけんな、ありゃそのまま今度の依頼の支度金にって話だっただろ。つーかミハイルのアパートにあるんじゃねーの?着替えぐらい。行って取ってくればいいじゃねーか」
「ふざけてんのはどっちだよ。この件に関する人死には一人で十分だっつーのに、何が敵かもわかんねえ今のこの状況で、あの子を俺の『目』の外に出せってのか?」
「…………」