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Father Never Say...

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本気で言ってるなら、友達やめるよ/雨宮


 随分難しい立場に立たされた生徒だとは思っていた。
 
 
 雨宮惣一(あまみや・そういち)は私立檜山学園に勤務する英語教師である。1−Aを担任として受け持ち、学生時代オーケストラに所属しトランペット奏者であった経験から、吹奏楽部の顧問も引き受けている。
 年は二十八歳、やや痩せ型で、眼鏡の奥の理知的な瞳が女生徒の憧れ──なのだが、当人はそれに気づいていない。
 彼には最近、気がかりなことがある。






「なあ、あいつむかつかない?」
 最初に口に出したのはホルンパート2年の溝口だった。声に特徴のある部員だから、よく覚えている。
「あいつって、誰」
「春日だよ。 あいつ絶対、俺達より巧いと思って俺達の事見下してるんだぜ」
「ああ、あいつね。 確かに生意気だよな。 先輩命令聞かないし」
「俺もあの目が気にいらねえ。 口調が丁寧な分、余計ムカつく」

 槍玉に挙げられたのは溝口と同じホルン奏者1年の春日怜(かすが・れい)──最近、雨宮がもっとも気にしている生徒のひとりだ。入学当初から並外れた実力で周囲を圧倒し、その端麗な容姿から女子にも相当にもてていた。
 3年生が引退し、部長交替があったばかりのこの時期、2年生は今のうちに上下関係をはっきりさせようと躍起になり、彼ら曰く【生意気な1年】を従わせるため潰しにかかる。いつの時代も、どこの学校のどんな部活動でも、よくあることだ。雨宮にも覚えのある感情だった──ただし、受ける側として。
 人よりずば抜けた奏者であった雨宮は、春日と同じように僻みや嫉み、やっかみを受けたものだった。

「1回シメてやればおとなしくなるんじゃないの?」
「だよな。 ああいう奴は鼻っ柱折っておかないと、調子にのってつけあがるもんだ」
「今日来てない奴とかも集めて、どっか人気のないとこ呼び出しちゃう?」
「オーソドックスに体育館裏とかかよ?」
「それよりよさげなとこ知ってるけど」


 ただ話しているだけならば注意には及ばない。彼ら個々人の問題として片付けられたが、ここまで行くとさすがに見過ごすわけにはいかなかった──顧問としても、教師としても、人間としても、一個人としても。
 だが、雨宮が咎めようと一歩踏み出し、部室の前に立ったときだ。



「ちょっとそれ、冗談だよね?本気で言ってるなら、友達やめるよ」


 その一声が雨宮の介入を遮り、いま雨宮が注意したぐらいではいずれ確実に起こり得たはずの未来を修正した。その言葉のためではなく、発言者のために。

「な…………に言ってんだよ、白河! 冗談に決まってるだろ? ドラマじゃないんだからさあ」
「そうそう! いまどき本気でそんなことやる奴いないって! なあ!?」
「あ、ああ!! イッツ・ア・ジョークッスよ!?」
 一瞬の沈黙のあと、溝口をはじめ、それまで私刑を企てていた2年生たちは、ひどく慌てた様子で必死に弁解を繰り返した。
「…………なら、いいんだ」
 白河と呼ばれた部員がにっこり微笑む様子が、ドア越しにでも容易に想像できる。それを証明するように、ぎすぎすしたこれまでのムードは嘘のように一掃され、以後和やかな会話が繰り広げられた。

(白河、か……)

 雨宮は直接彼を受け持ったことはなかったが、この学園でフルートパート2年の白河聖人(しらかわ・まさと)を知らない者は教師にも生徒にもひとりとして存在しない。
 それは聖人のバックボーン……生家の権力の影響もあるが、彼自身の人格こそ一番の要因だった。
 1年前のこの時期、3年生引退に伴う入れ替えの生徒会選挙で、聖人は1年生ながら生徒会長に選ばれた。それも、他の候補者の票数はゼロ──無効票を除き、候補者の名前を記入したすべての生徒が聖人を選んだのだ。
 恐らくはこれからこの学園で語り継がれることになる、ひとつの伝説。同学年の生徒はすべて友人。上級生には可愛がられ、下級生にはほとんどアイドルのように崇められ、慕われている。携帯の登録アドレスはその機種の限界いっぱいまで埋められ、登録しきれないアドレスは吹奏楽部部室──管楽器奏者用──の扉に貼りつけられた紙に勝手に書き殴られていく。それさえも何度か貼りかえて、古いものは聖人が家に持ち帰ったらしい。
 その人気は一個人が抱えるものとしては度を超えていた。聖人を知らない者がこの話を聞けば口を揃えて「冗談だろう」と言う。だが、それは事実なのだ。そして聖人はそれらの不本意にできてしまった分を含む友人達を、ひとりとして無碍にはしない。

 そのことを思えば、溝口たちの態度は不審なものではなかった。彼らは心の底から慌てて、聖人を繋ぎとめようとした。だが、彼らは聖人が一体どういうつもりで後輩を庇うようなことを口にしたのかを知らず──教師である雨宮は知っていた。

 

 とりあえずは安堵し、踵を返して部室に背を向ける。職員会議があることを思い出したからだ。
「あ…………」
 その生徒が声を発していなければ、雨宮は気付かなかったに違いない。自分と同じように、彼らの会話を傍聴していた者がいることに。その気配にすら気付かないほど、自分が思考の深みに嵌っていたことに。
 見覚えのある顔だった。部の1年生だろう。雨宮が声をかけようかと口を開く前に、彼は逃亡した。その必要はないのだが、よほど動揺していたらしい。
 恐らく明朝には既にすべての部員に、そして明日中には全校生徒に、事情が広まっている。彼の背中を見送り、少し離れた位置にある別棟に向かいながら、雨宮はその事実を耳にしたときの春日当人の心境を想った。
作品名:Father Never Say... 作家名:9.