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花園学園高等部二学年の乙女達

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「さぁ吉田咲君、貴方の番です。」

吉田咲はその日頭が痛かった。
そのため何か期待に満ちた響きで先を促す先生の台詞もやけに重たく感じられていた。
どうやら昨日夜更かしをしすぎたようだ、なんだか体もひどく冷えている。

(…全く父さんもじいちゃんも頑固なんだよ、なんなんだあの電話の長さは。二人して代わる代わる僕に猛アピールするんだから。…しょうがないなぁ…。)



軽く息を整え、少し曇った空を仰ぐ。

冷たい空気がちくちくと彼のその上気した頬を刺した。
白く滑らかな肌はほんのりと色付き、より美しさを際立たせていた。
軽く撫でつけた柔らかな茶色い癖っ毛はふわりと肩にかかり、上等な動物の毛なみを好む乙女達の撫でくり回したいという欲望を駆り立ててしまう。

そしてなによりその立たず舞い。
体調不良もあいまって、咲の憂いげな面影は一段と王子らしい気品をうみ出していた。

…そんなことも露しらず、吉田咲は考える。
自分の順応性だとかについて。

今彼(正確には彼等)は体育の授業の最中だった。
吉田咲は体育が嫌いではない。
だが、彼は寒がりだった。

しかしこの花園学園では体育において何故かいわゆる「ジャージ」という上着の着用があまり好まれていなかった。

今日は5月と言えど特別寒い日だ。
おまけに昨晩遅くまで雨が降り、湿った空気の中一限目からの授業である。

それなのに周りの誰一人としてジャージを着ていなかった。
咲は少し気後れしてしまい、着ることができないのだ。
その年頃の青年ならば当たり前の心境だろう。

今日は前回に引き続き、残りの体力測定の競技を行うことになっている。
いくら男子が自分一人しかいないとはいえ、男が自分一人だけの体育の授業というものはどこかもの悲しいものがあった。

あの、同い年の男の友人らとこづきあいながらも走ったむさくるしい授業が今となってはひどく懐かしい。

咲はそれらの記憶がぼんやりとした、やけに明るい昔話のように思えていた。

「吉田咲、どうしました?」


先生に促され、咲は少しぶるるっと震えると軽やかにハンドボールを投げた。
実際は力強かったが、咲が投げるととても優雅に見えるのだ。


ボールはぐんぐんと進んでいく。

固い地面に辿りついた時、乙女たちは一斉に溜め息をついた。…3人を除いて。

その一人、山崎和野は心配そうに小笠原朱美を見上げていた。
明らかに、不機嫌そうなむっつりとした顔をしている。

そしてもう一人、神沢裕子は澄ました顔でその様子を見守っている。

おもむろに朱美は舌うちをした。
その理由はすぐにわかった。

朱美が舌うちをした数秒後、記録を測っていた乙女のうち誰かが叫んでくれたからだ。


「朱美様の記録を2mも上回ったわ!!」


朱美は今しも体中のものを吐きだしかねない様な顔をした。
一方吉田咲は驚きの表情を見せる。

(なんつー女だ!!)

咲の記録は高校2年の男性内でも全てが10だった。
そんな咲の記録とたった2mしか変わらないのだ。
…咲は少し尊敬の入り混じった瞳できらきらと朱美を見つめた。
しかし朱美はぐわっと口を開くと叫んだ。

「吉田咲!お前をライバルと認めてやろう!!」


「えぇっ別にいいよ!」


朱美はたいそう立腹した様子でつかつかと咲に迫ってきた。
咲は思わず後ずさる。

「なんだ?僕がライバルじゃ不足なのか?」

「いや、そうじゃないけど…。僕はライバルじゃなくて友達が欲しいんだ。」


…その一言でまさか周りの乙女が本格的に狼になろうとは、吉田咲は知るよしもなかった。