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面影リグレット 【お題:面影】

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「言ったろう、それは『物の怪』だ。だが、悪霊の類じゃない。ただキミの前に現れるだけの存在。キミが気にしなければ済む話さ。害はない」
「ふざけるな! お前が何で《彼女》の存在を知ってるのか分からないが、害がないはずないだろ! 僕はずっと悩んでるんだ! 今朝だって、アレの事を考えていて、死にかけた!」
「…… だろうね。キミがアレを気にしないでいるのは不可能だ。何故ならアレはキミが発端で発生した物の怪だからね。……ボクがキミと一対一で話せる状態を作ったのは、ボクの善意をもってキミの悩みを解決してあげようと思ったからだ。クラスメートが《面影》を自身に引っ張り込んでいるのはボクとしても好ましく思わないからね」
 安倍はそう話して、右耳のピアスを指先で軽く弾いた。ピンッと音を立ててピアスが揺れる。
「オモカゲ? 何だよ、それ」
 僕は尋ねずにはいられなかった。本当は「物の怪」というものの意味がまず解らないのだが。
「既に亡き者の姿さ。……真田クン、ボクが言うのも変だけれど、キミはオカルトを信じちゃう質かい? 普通の人は、『物の怪』に対して納得がいかないはずだけれど」
「……僕は《彼女》が幻覚であると信じようとしていた。だが、お前が《彼女》を知ってるなら、その線はない。人ならざる者、異形の存在だってことにした方が辻褄が合う。アレはそれだけ異常だ」
 僕がそう言うと安倍は薄ら笑いを浮かべた。
「そんなら話が早い」
「《彼女》はいわゆる『霊』なんだな。何で僕に憑いた?」
「霊……ねぇ。うーん……。……時に真田クン。キミはその女が誰か知らないのかい?」
「……あぁ、知らない」
 ――知らないはずだ。知らない……はず。
「《面影》なんだから、キミが知らないのはオカシイなぁ。既に知っている姿がキミに見えてるはずなんだが。……まぁね。気持ちは分かるよ、真田クン。だけれども、キミがそれを認めなければボクも解決策を伝授出来ないんだ」
「認めるも何も、僕は何も知らない」
「質問、キミの親、兄弟、親戚に最近亡くなった人はいるかい?」
「いない」
「じゃあ、特別仲の良かった友達が亡くなった?」
「いや、ない」
「じゃあ……キミにとって大切だった誰かが亡くなった……とかは? まぁ、これは前の質問と被ってるけども……」
「…………」
 ――大切な誰か。
 安倍のその言葉を聴いた瞬間、ある少女の顔が頭に浮かんだ。
 あいつが霊になるなんて……。あいつ――結城小夜(ゆうき さよ)が僕の前に現れるなんて……あるはずが……ないんだ。
「幼なじみが……一年前に……。だけど……」
「……それだ。真田クン、その子に間違いない。何故早く言わなかった?」
「違う! 《彼女》は……小夜……じゃない。髪で隠れて顔が見えないんだ」
「真田クン、それが確固たる証拠さ。キミが認めたくないから顔が見えないんだよ。認めろよ、真田クン。キミが認めなければ、問題は解決しない」
 安倍ははっきりとした口調で、問い詰めるように言い放った。
 もはや認めざるを得なかった。僕は、《彼女》が死んだ幼なじみの小夜であることを認めたくなかったんだ。
 心の中に、頑なに拒み続けていた何かが、すっと入り込んだ心地がした。体が重く感じた。
「……小夜は……何で僕の前に……」
「キミが、何かやり残しているからさ」
「……小夜は、僕のせいで死んだんだ。僕なら小夜を救えたんだ。だから、小夜は僕を怨んでる」
「ばかだな、真田クン。ボクは悪霊の類じゃないって言ったろう。……まぁいいや。まずはキミと幼なじみ……何だっけ、えーっ……小夜チャンか。真田クンと小夜チャンに関して、詳しい話を聞きたい。ホントは事情は聞く必要はないんだが、キミの場合、念の為に……ね」
 安倍が僕に近づきながら言った。
 安倍等含。初めて話すというのに、僕に何が起きているのか、全て見通しているようだった。
 もはや、この風変わりで謎に満ちた男に頼るしかなかった。
 僕は、安倍に訝しげな視線を送りながらも、全てを話すことを決めた。


 僕と小夜は、幼い頃から兄姉のように仲が良かった。現代において、幼き頃の親友関係など、それが異性のそれであればなおのこと、時が隔たりを作ってしまうものである。しかし僕と小夜は中学三年生の初夏――小夜が交通事故で死んだその日まで、その関係が揺らぐことはなかった。
 毎年、正月には互いの家族と共に初詣に出掛け、クリスマスにはプレゼント交換なんかもやった。
 僕の誕生日には小夜が僕の家で祝ってくれた。小夜の誕生日には僕が彼女の家に行って祝った。
 誕生日プレゼントは毎回贈り合った。中身は開けるまで分からない。欲しいものをプレゼントするのではなく、自分があげたいものを贈る。それがルールだった。
 あの日は小夜の誕生日だった。一年前の小夜の誕生日、僕はいつものように彼女を祝うつもりだった。しかし、その日は朝から体調が悪かった。熱が三十九度もあって、体中が痛かった。横になっていると天井がクルクルと回る。とても小夜の誕生日を祝える状態でないことは明々白々の事実だった。
 僕は激しい頭痛と寒気、吐き気、その他諸々の症状を無理矢理抑え込んで自室のベッドから這い出て、机の上の携帯電話を掴んだ。朦朧とする中、僕は小夜に電話を掛けた。
 その時のやり取りを、僕は一字一句間違わずに記憶している。

『……もしもし』
『夏樹? どうしたの』
『悪い、体調崩した。熱が三十九度くらいある。だから今日の……』
『え、三十九度!? 大丈夫!?』
『あぁ……大丈夫。心配すんな。だけど、ちょっと今日は行けそうにない。後で埋め合わせするから……』
『何言ってんの、そんなのいいの! 今日おばさんは?』
『……あぁ……そういや母さんは町内会の旅行で居ないとか……』
『大丈夫じゃないじゃない! すぐ行くから待ってて!』

 その日、一台の乗用車が小夜を撥ねた。ブレーキ痕はなく、時速八十キロほどのスピードで衝突したという話だった。原因は飲酒運転だった。
 小夜は即死だった。彼女が死んだのは僕の自宅の二百メートル先だった。
 救急車の音は聞こえていた。それでも僕は何も気付かなかった。まさか小夜がこの世を去るなんて夢にも思わなかった。小夜が死んだ時に、僕は家のベッドで微睡んでいたんだ。
 ――何も、出来なかった。無力な自分への失望感。滝のように降り注ぐ罪の意識。そして、悲しみ、怒り。
 おびただしい負の感情が僕の世界に渦巻いていた。
 全てを受け止めたふりをして、自分がもう大丈夫なんだと信じ込むのに慣れて、やっと冷静さを取り戻したのは三カ月後だった。
 その頃から、《彼女》は僕の前に現れるようになった。部屋の窓から外を眺めた時、外を出掛けた時、遠くに《彼女》を見るようになった。何処でも、何時でも、《彼女》はその存在を確かに訴えかけていた――――


 僕は、全てを安倍に話した後、安倍と共に学校を出た。
 学校を出るまでの間、安倍は幾度も「うーん」と唸り声を上げ、思案を巡らせていた。僕の問題を解決すべく、策を練っているのかと思うと、少し申し訳なかった。
「真田クン、小夜チャンは誕生日に亡くなったんだよね。彼女の命日はいつだい?」